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2005年8月30日 (火)

おジャ魔女どれみナ・イ・ショ第6話「金平糖の思い出 ~ばあやのないしょ~」

 さっき、TVKで放送されている「おジャ魔女どれみナ・イ・ショ」第6話「金平糖の思い出 〜ばあやのないしょ〜」を視聴しました。
 今日は昼過ぎに寝て、夜起きて。
 コーヒーを飲みながら眠気を醒ましてて。で、テレビで「どれみ」をやってるから「おう。どれどれ」という感じで気軽に見ていたんですが…。
 やられました。
 泣きました。
 もう、ボタボタと。

 ああ……。
 そんなわけで、短めですが感想を。

 この回ははづきちゃんのお家のばあやの思い出に関する話だったのですが、お話も絵も演出も、音楽も、非常に素晴らしかったです。
 バレエを絡めていって物語を展開させているのですが、女の子にはその辺りとかたまらないものがあるでしょうね。
 僕はバレエのことはさっぱり分からないのですが。それでも、問題なく物語に入り込んで見ることができました。

 「くるみ割り人形」が、物語の中で絡んでいて(モチーフにされているというわけでは、無いのかな?)、かかる曲もお菓子の国に行った時の曲だということらしいです。この演目は幻想的な夢のようなものらしいのですが、その幻想的な曲が、ものすごく悲しさを引き立てます。

 普遍性のある話で、見ていると「この後こうなっていくんだろうな」というのはすぐ想像はつきます。
 でも、そういうお話を丁寧にきちんと、最近の僕のテーマで言うと、しっかりと演技をつけて、こちらに見せてくれるのです。

 「こうだろうな」と思いつつも、「でも、もしかしてそうじゃないのかも…」と見ながらどうしても期待してしまって。だけど、「ああ。やっぱりそうだったんだ」ってなって。

 で、そこで、戦争を体験してきたばあやと、まだまだ子供のはづきちゃんと、二人だけのシーンになるんです。
 このシーンは本当に秀逸でした。
 思い出すだけで涙が滲んできます。
 ここでのはづきちゃんの台詞が溜まりません。

 なんというのか。人が人を思いやるということに、年齢とか関係ないよな、と本当に思います。
 ばあやの心を思いやるはづきやどれみ達の気持ちが、子供らしく一生懸命な様子に描かれていて、そして、その優しさを受けて、嬉し涙をこぼすばあやの様子がまたとても優しく描かれていて。
 本当に素敵な話でした。

 もう、口で説明できるくらい。ここでざざっと物語を説明できてしまうくらい、話はシンプルなんですが。そのシンプルな話を本当に丁寧に動かして描写してくれました。
 作り手視点で見る時に、その部分に敬意を抱かずにはおれません。
 「丁寧に作る」「きちんと描写する」ということには、やはり「意図」が重要だよな、と見ていて思いました。今回の話では、作り手側が意図をもって一つ一つのシーンを組み立てて描写していたことを感じます。
 ただ、やみくもに丁寧にやることがいいっていうわけじゃなくって、「こういうことを表現するから、丁寧にやる」ということ。つまり、「伝えたいことがある」ということですね。そこに、このシリーズが大ヒットした理由があるのだろうな、と思います。
 涙をボタボタこぼしながらも、良い学習機会となりました。
 この話も、やはり表現を志す人には是非見て欲しいですね。というか、表現をする者は必見です。見なければなりません。

 というのはともかく、泣けるし本当にいい出来の作品なので、お近くのレンタルビデオ店などで借りるなどして、是非視聴してみて下さい!

おジャ魔女どれみポータルサイト

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