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2005年8月28日 (日)

漫画における「演技」論(補正最終:10・6早朝)

 最近、頭の中にいろいろ閃いていまして。それをちょっと文章としてまとめたいと思っていました。
 それが今回のタイトル「漫画における『演技』論」ということです。
 しかし、まぁ。「論」というほど立派なものにはならないとは思いますが。一応、書き進めていく上で格好だけはつけてみました♪
 それに「論」って言っても、着地点無しで、思うままに書き綴っていくので、どれくらいの分量になるかも見当がつきません…。

 でも、頭に思うことを文章にする作業は、何かを得るきっかけにもなるかもしれないので。まずはどんどん書いてみようかな、と思います。

 それでは、まずは第1回目です。

*******************************

 「漫画」という媒体は、戦後日本において確実に歴史を積み重ねてきています。
 戦後に黎明期があり、高度経済成長の頃に発展期があり、バブルの頃に混乱期があり、バブル後の今が低迷期だと、個人的には思っています。

 こういった約50年くらいの歴史の中で、漫画もそれなりに技術的なノウハウが構築されていきました。漫画雑誌は増え、漫画の技術書も増えてきました。漫画を描く人の数も増え、確実に底辺は拡大しています。
 しかし、バブルの混乱、バブル後の混迷の中、漫画というメディアは実は技術的なロジックを確立しきれていないのではないだろうか、と疑問に思うようになりました。
 それは、自分自身が漫画の仕事に関わってくる中で直接感じてきたことです。

 簡単に言ってしまうと、「漫画の技術」は誰も教えてはくれません。自分で見つけるしかないのです。そうなると、技術の根底にある理論もまた、教わるものではないわけです。
 「絵」に関しては、技術を教わることはあります。当然そこに理論もあります。だから、絵が上手くなる人は沢山います。しかし「漫画を描く」ことにおける技術を教わることはないのです。それは、「教えない」のではなく「教える技術がそもそもない」のだと、最近思うようになってきました。
 漫画家のほとんどが(おそらくはほぼ100%が)、自分なりの描き方を確立するために悩み苦しみ、もがき喘ぎながら必死に漫画を描いています。そして、ほとんどの人が描けば描く程迷い、悩むというジレンマに陥っていくはずです。
 なぜなら、「自分はこういうやり方がいいと思う」「このやり方ならいけるんじゃないか」という個人的な体験からくる印象だけで仕事を続けていき、そこには明確な理論による裏付けがないからです。
 僕はそれを「技術的なロジックが確立されていない」ことからくる問題なのだと思うのです。

 その問題を考察することは目的とは違うので割愛しますが、では、漫画に必要なロジックとはいったい何なのだろうか、ということがこのコラムのテーマです。
 先に結論を置いてしまうと、僕はそれは「演技」という技術、ロジックだと思うのです。

 作画による「演出」効果ではなく、登場人物による「演技」(補正:2005・10・06・0126時)
 「心」とか「心掛け」とかではなく「ロジック」

 それこそが、今後漫画の世界で確立されていかなければならない技術なのだと、思っています。

 そう思うようになったきっかけは、ここ最近沢山アニメーションを視聴するようになったことがあります。そして好きな監督、製作者のインタビューなどを聞いたり読んだりして、作品を作る上でのアニメーション製作者の技術的な話なども目にしたり耳にしたりするようになったことが大きいです。
 特に、富野由悠季監督のインタビューは作品全体に対する技術的な発言が多く、刺激になっていました。その中で、先日BSで放送された「ガンダム一挙放送」番組の中でのインタビューコーナーで、富野監督が話していた内容がものすごく気になったのです。
 それは「映画」というものに必要な「本線の情を見せる」という技術についての話でした。作品そのものの「情」の流れをコントロールして、見る人にその情を感じ取ってもらって感動させていくという、プロセス。映画にはそういう技術がある、というのです。そしてそれは「情」を見せることなんだけれども、徹底して「ロジック」であるということでした。
 それを聞いて、「なるほど」とすごく納得するものがありました。富野監督も「映画は気分で撮れるものじゃない」と言っていましたが、作品を作っていくということは確かにロジカルなものだよな、と思いました。
 漫画だと、「絵」という技術、理論があり、「レイアウト」の技術、理論があり、「シナリオライティング」の技術、理論などがあります。それらの集大成が漫画作品ということになるわけです。
 しかし、漫画には富野監督が言うような「物語の情を見せていくロジック」があるのだろうか?とそのインタビューを聞いていて疑問に思いました。「物語の情を見せていくロジック」とは、なんなんだろうか?それは漫画にも必要な技術なのではないだろうか?そう思って、しばらく考えていました。

 そこで浮かんだのが「演技」という言葉です。

 アニメーションには明確に「演技」が存在します。漫画と違って絵が動くし、キャラクターが喋るので、演技という技術が必要になります。しかし、実写映画や舞台ではないので、演技論に関してはまだまだ発展途上なのではないか、という印象もあるわけです。それは製作のデジタル化によって、ここ最近のアニメーションの技術が飛躍的に発展しているから、ということなのでしょう。
 その発展途上であることが、僕にとっては良かったのです。
 最近僕は、アニメーション作品を視聴しているうちに「この作品は演技がいいよな」「この作品はキャラクターに全然演技をさせてないよな」「富野監督はやっぱりいい演技をさせるよな」というように、「演技」という視点でアニメーションを見るようになっていました。それは技術的な発展により「演技」という動きを製作者サイドが意識できるようになったからなのではないか、と思います。
 そこではたと気付いたのです。

「あれ?漫画って、『演技』っていう言い方、しないよな?」

 と。
 漫画は絵が止まっています。音も出ません。
 しかし、だからと言って「演技」が存在しないとするのは間違いなのではないだろうか?もしかすると、読んで「面白い!」と感じる漫画は「演技が優れている」ものなんじゃないのか?逆につまらないと思う漫画は「演技がつまらない」ものなんじゃないのか?
 絵の上手い下手も重要かもしれないけど、本当は「演技の上手い下手」こそが、漫画にも重要なのではないだろうか?
 富野監督が言う「物語の情を見せるロジック」とは、実は「演技」の技術に関することなのではないだろうか?

 「演技」というキーワードが頭に閃いてから、一気にそう考えるようになりました。
 富野監督が言う「ロジック」が「演技」であるかどうかは分かりませんし、外れかもしれません。しかし、きっかけを得て、それを考えていくうちに、少なくとも、「演技」という技術、技法、ロジックは漫画というメディアには決定的に欠けていて、なおかつものすごく必要なものなのではないだろうか、と思うようになったのです。

 漫画は「演技」という技術を手に入れれば、もっともっと発展していくのではないだろうか。と。

(続く)

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コメント

ちょっとご無沙汰です。

今更わざわざ言うことではないですが、日本の漫画の進出ぶりはすごいですね。
manga はすでに国際語です。対応する英語としては cartoon とか comic という単語がありますが、使われている単語は圧倒的に manga で、例えばこちらのちょっと大きな本屋に行くと manga コーナーがあります。ロンドンには manga shop があって、日本のものを中心に、諸国のものが置いてあります。
これらが manga と呼ばれているのは、日本発の文化だと認識されている傍証であるかと思います。

先日、住んでいる家の大家さんが読んでいる FT magazine という経済雑誌を何気なく見てみると、矢沢あいさんの NANA が紹介されていました。
記事は web でも見られます。
http://news.ft.com/cms/s/7c205390-1697-11da-8081-00000e2511c8.html
記事の内容は、漫画の設定とあらすじ、この漫画が女性の共感を得ており、東京で社会現象的にブームになっている、世界的に広まりつつある、という感じで、どちらかというと中立的もしくはやや好意的に紹介されている印象です。
記者は名前から察するに、日本人女性のようです。

今や街にあふれるデジカメのほとんどが日本の会社のものです。
Karaoke もそうですが、戦後日本の産んだ娯楽が世界にあふれています。
いい悪いは一概に言えないですが、すごいなと思います。

投稿: すずき@UK | 2005年8月30日 (火) 01:09

鈴木君。久しぶり!コメントありがとう。
なるほど。「漫画」という文化の海外における位置は海外に出てみると良く分かるわけですね。
海外の人でも(国内の人でもか?)、いまだに「漫画を読むのは幼稚だ」という考え方もあるようだけど。変わってきている部分もあるのでしょうね。

NANAの記事、開いてみました。ははは。やっぱり全部英語ですな!!
ざざっと斜め読みしてみましたが。なるほどなるほど。数字やメディア展開のことも記事になっているわけですね。
NANA、家にも全巻揃っていますよ。
映画にもなるし、CDも売れてるし。NANAは漫画界ではトップコンテンツになっていると言っていいでしょうね。

矢沢あいさんは、キャラクターに素晴らしい演技をさせることができる漫画家さんだと思います。そういう、作家としてのクオリティの高さが、世界的に認知されていく要因の一つでもあるかもしれないですよね。

ただ、漫画家における「演技をつける」という技術は作家個人の「スペシャルテクニック」になっているのが現状です。技術として確立していないんですよね。つか、映画監督ですら「あの監督は演技をつけられる最近では珍しい監督だ」なんていうコメントが俳優から出るくらいだから…。「演技」というものの技術そのものが、どうにも「感性任せ」になってしまっているのかもしれないですね。
ともかく、トップコンテンツになっている作品以外の漫画でも、きちんと演技をさせていくことができるようになっていけば、もっともっと面白いメディアになっていくと思うんですよ。せっかく世界に浸透しつつあるのならば、ここはますます頑張らなければならないところですよね!
このコラムがそんな一助にでもなれば、望外の喜びってなもんなんだけどもね。

ギターとかは海外から日本に入ってきたものだし、娯楽はクロスオーバーするものだよね。
日本の娯楽商品が海外でも展開するのはいいことなんだと思うよ。
そうそう。そういうことで言うと、最近個人的にタイのポップミュージックが気になっています。よく行くタイ料理屋で流れるタイのポップミュージック、ギターがおしなべていいんですよ!いい音させてるんだわ。
特に調べたりはしてないんだけど、俺らの知らないところで「タイのクラプトン」とかいそうだよね。

投稿: だんち | 2005年8月30日 (火) 04:13

まあ、私は NANA を読んだこともないんですけどね(苦笑)。

「漫画は幼稚」という考え方は、実際には知らないですが、
あるのではないでしょうか。
「大人向けの漫画」というのは見たことがありません。
子供向け、あるいは一部のマニア向け、という印象があります。

私は漫画での「演技の技術」というのはあまりピンときませんが、
何か技法のようなものが存在するとは思います。
普遍的なものを系統的に学ぶことが出来たとして、
それで面白い作品を作れるというものでもないように思いますが、
ある程度の平均的な質を維持するには必要とされるとは思います。

どこまで向上させるかはともかく、日本の漫画にはすでに日本独自の
「技術」が確立しているので、今世界的に広まっているのではないでしょうか。
確かなことは言えないですが、諸国で日本の作風が模倣されていくと思います。
個人技頼りの面はあるのでしょうが、それも日本の多くの作品から
知らず知らずのうちに身についた技でしょうから、
日本の漫画界の力量という面もあると思います。

投稿: すずき | 2005年8月31日 (水) 05:20

タイのポップスですか。あまり聞いたことないです。
昔、大学の東洋の民俗学かなんかの講義で(10年以上前やね)、
どこか東南アジアのポップスを聞かせてもらった覚えがありますが、
あまり印象に残っていません。でもギターを持ったジャケットの写真を差して、
「いわば○○(どこかの国)のさだまさしですね」とか
講師の人が言ってた覚えがあります。E.G.を持っている写真だったが。

パブでの音楽会も、週一くらいで相変わらず行っています。
手持ちの歌も少しずつ増えてきました。
「Dirty Old Town」「Across the Great Divide」「Sounds of Silence」
「April Come She Will」「Crow on the Cradle」
やっぱりアメリカの歌が多いなぁ。

投稿: すずき | 2005年8月31日 (水) 05:21

> 子供向け、あるいは一部のマニア向け、という印象があります。

ん?これは漫画全体のことを指して?
しかし。なんとやる気を削ぐコメントだろうか。俺はその漫画の仕事を大人に向けてやってるんだからさ。もうちっと気を使って書きなさいよ。

> それで面白い作品を作れるというものでもないように思いますが、

いや。そこに面白い作品を作っていけるヒントがある、それを獲得することが重要だ、というテーマで書いてるんだからさ。なんだよ腐してんのかよー。

日本の漫画の力量の結果、世界で認知され広まっていたとしても、現場で描いている人達は明確な「作劇の技法」を持たずに唸り苦しみながら描いているんですよ。「作画の技法」に関してはかなり共有されてるけども。
だから、外から見た状況と中から見た状況に、すごくギャップがあるっていうことなんですよ。
で。それは業界内部にいる者として、少しでもなんとかしたいよね、という話なわけじゃんか。

その辺の心意気をもうちっと読み取って評価してくれな。頼むよ。もー。

東南アジアはエレキギターが流行りつつあるような印象があります。あれかね、米兵とかが持ち込んで、とかそういう感じなのかね。
来月から1年程姉がイギリスに住むんだけど、あなたが通ってるパブ教えてもらって聴きに行ってもらおうかなぁ。
あと4ヶ月か。やべー。俺もギター練習せねば!ペンタトニックやってるか?

投稿: だんち | 2005年8月31日 (水) 06:38

> ん?これは漫画全体のことを指して?

ごーめーんー。これは言葉が欠落していました。

こちらの CD 屋や「manga shop」などを見ての、
こちらでの扱われ方の印象です。

いろいろ文章を書いたり消したりして、短くしようとしているうちに
肝心な情報を消してしまいました。大変申し訳ない。

海外で言われる「日本人は大人でも漫画を読む」という批判は、
それは海外のマンガは大人向けの作品がないからだ、と思っています。

日本で「大人向け」の作品はもちろんあるわけで、
私はあまり広い範囲で作品を網羅していませんが、
手塚治虫氏の「ブラックジャック」「火の鳥」や、
最近のでは関川夏央/谷口ジロー氏の「坊っちゃんの時代」など、
これは大人が繰り返し読んで楽しむものだと思いました。

こういう作品が海外でも読まれれば、
こちらでもだいぶ印象が変わるのではないか、
と思っています。

投稿: すずき | 2005年8月31日 (水) 19:32

ああ!なるほど。納得しました。
イギリスの「manga shop」での扱い、ということだったわけですね。
確かに話題の流れからいったら「海外の人は漫画を読む人は幼稚と思う風潮があるらしい」
というのに対してのレスポンスなわけだから、その辺りは想像して読むこともできたかもしれない。
こちらこそ申し訳無い。

なるほど。手塚治虫先生の作品なんかは、確かに読んで欲しいですよね。
アニメーションで海外に注目されたけど、大友克洋氏の「AKIRA」なんかも大人にも読んで欲しいですよね。
「坊っちゃんの時代」はまだ読んでいません。ちょっと探してみますね。

コメント、気を使って短くしてくれたんだね。ありがとう。
でも、長くなるのは歓迎ですよ!
気にしないでどんどん書き込んでくだされ!!

投稿: だんち | 2005年8月31日 (水) 21:16

> イギリスの「manga shop」での扱い、ということだったわけですね。

普通の本屋では、漫画は基本的にあまり置いてないようですね。しかし漫画の解説書は想像以上においてありました。漫画そのものは、専門店に行く、という状態のようです。
このあたりから、一般に普及しているというよりは、まだ一部の人のもの、という印象をうけました。
(そういえば、こちらの本屋は雑誌を一切置かないようで、雑誌はコンビニで売ってます。どんな雑誌でも)
私が驚いたのは漫画の解説本がいくつもあったから、という段階です。

固定概念を日本より大事にしている国ですから、この国で大人が普通に漫画を読むようになるのは、まだまだ難しいかもしれません。
しかし、徐々に変化しているのかな、という例が、先に書いたような出来事なわけです。

「AKIRA」はこちらでも漫画ファンの間では人気あるみたいです。アニメにひっぱられた人気なのか、そこは私にはちょっとわからないですけど。

「作劇の技法」ってのは私にはわかりにくいです。
やはり作品を作る側にならないとわからないのかも知れないし、私には欠けた思考なのかもしれない。
だとしたら今後の議論の展開に期待、でしょうか(笑)。

> 来月から1年程姉がイギリスに住むんだけど、

お、来月って10月からですか?
私の住んでいる場所の最寄り駅はロンドンパディントンから急行電車で30分程度です。

ロンドンはいろいろな見所/娯楽があるでしょうけど、よかったらこちらへも是非。
パブの演奏は、わざわざ聞きに来るものかどうかは微妙な気がしますが…。

ペンタトニックは…やってません。6弦8フレットから始まる C のスケールをちょっとやっただけで止ってます。それよりはもう少し覚えたい歌がある、という状況ですね。ペンタトニックができれば、もう少しパブでも楽しめるのでしょうけど。

私の滞英は11月末までなので、あと3ヶ月。信じられん、はやい。

投稿: すずき | 2005年9月 1日 (木) 06:11

ふむふむ。なるほど。そちらの漫画の状況が少しずつ分かってきました。
確かにそれを全部説明しようとすると、ちょっとしたレポート並みになっちゃうね。
漫画の解説書かぁ。
なるほど、楽しみ方のマニュアルが必要ということなわけだね。
でも、それは面白いね。日本でもお年寄りが「漫画は難しくて分からない」と言っているのを聞いたことがあります。
コマが割ってあって台詞があって、というのは独特の表現でもあるわけだから、「漫画はこう読むものなんだ」というところそのものを見つめ直すのも、大事なことかもしれないよね。
漫画を描いて、普通に漫画を読んでいると、その辺りの感覚が欠落してしまう部分があるから。勉強になります。

> だとしたら今後の議論の展開に期待、でしょうか(笑)。

ぎゃーっ。プレッシャーがー!
でも、実はどんな仕事でも一緒なことなんだと思うんですよ。
要は「意図を具体化する手法」っていうことで。
作物を作ったり、物を売ったりするのと、基本は一緒なんだと思うんですよね。
そういう意味で漫画を描く人だけでなく、幅広い人に分かってもらえるコラムにできたら、とも思っていますので。頑張ってみます!

> お、来月って10月からですか?

いえいえ。9月です。コメントを書いた時点ではまだ8月だったので。あれ?そっちって、先に9月になってた?
えー。なんだよー。パブの名前とか場所とかも教えろよー。
ペンタトニックはやってないかー。
となると、やはり俺がソロをもっと鍛えて弾かなければ!
EGの弦買ってきたんだけど、まだ張り替えてないや。張り替えて練習しなければ。
あと3ヶ月かぁ。早いよね。帰ってきたらラーメンだな!

投稿: だんち | 2005年9月 1日 (木) 07:10

> 確かにそれを全部説明しようとすると、ちょっとしたレポート並みになっちゃうね。

そうだと思います。しかもちゃんと説明するには、公平で網羅的な知識が必要でしょう。それは私の手には余ります。断片的な風景は言えますけど。

> なるほど、楽しみ方のマニュアルが必要ということなわけだね。

1冊手にとって眺めたところ、日本の作家を100人くらい紹介している本で、見開きで一人の作者の代表作の絵と経歴などが紹介されていました。百科事典風です。

> 要は「意図を具体化する手法」っていうことで。

「意図を具体化する手法」が、いろいろないろいろな分野に共通すること、
というのは全く同感です。私もまさに悩んでいるところです。
学会発表の資料作り、論文書きなどで。
どう表現するか、どう伝えるか、何が言いたいのか。

漫画では無いですが、似た主旨で書かれている(と思われる)文章が web で連載されています。糸井重里氏の超有名サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の中で山田ズーニーさんという方が書かれている「おとなの小論文教室。」というページです。
もう5年にわたって「伝えるとはどういうことか?」というテーマでコラムを書いています。私が知ったのは最近で、まだとても全部は読めません。
これはいわば表現の素人に向けられて書かれたエッセイ風の文章なので、技術というより心構え的なものといえるかもしれません。内容に同意されるかはわかりませんが、気が向くようなら是非。
http://www.1101.com/essay/index.html

> そっちって、先に9月になってた?

いえ、日本が先です。月が変わる頃だったから、どうかな、と思って。

> えー。なんだよー。パブの名前とか場所とかも教えろよー。

ではそれはメールででも。

投稿: すずき | 2005年9月 2日 (金) 05:17

> 断片的な風景は言えますけど。

そういう情報もすごく貴重ですよね。「おお!そうなんだ!」ってすごく興味深いです。「印象」という情報って、実はかなり正確だったりしますしね。是非いろいろ教えて下さいね。
百科事典風ですか。そういう情報をどう活用するんだろ?むむ。興味がありますね。

> 私もまさに悩んでいるところです。

このコラムが、ちょっとでもその悩みの解決の糸口のきっかけにでもなれたら嬉しいです。
やっぱり表現していくことって、難しいよね。
なんか「学会発表の資料作り、論文書き」って見て、「動物のお医者さん」を思い出してしまった。「あんな感じなのかなぁ」って。違うんだろうけど。(笑)

> 漫画では無いですが、似た主旨で書かれている(と思われる)文章が web で連載されています。

おお!紹介ありがとうございます。読んでみますね。5年にわたってのコラムですか!すっげぇなぁ。
他分野の表現技法なんかに関しては、やはり興味があるので、ありがたいです。

> ではそれはメールででも。

了解です。お待ちしております!

投稿: だんち | 2005年9月 2日 (金) 13:23

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