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2005年8月19日 (金)

フルメタTSRを楽しむために過去の作品をどう押さえるかの私的見解

 現在WOWOWで放映中の「フルメタル・パニック!TSR」ですが、これは元々小説があり、漫画化されたりアニメ化されたりしたものの中のアニメーション作品の一つです。
 アニメーションとしては三作目に辺り、原作小説では四作目のエピソードになります。

 なので、いきなりこの「フルメタル・パニック!TSR」を視聴しても何のことやら分からない箇所が沢山あるかと思います。
 そこで、じゃあ「フルメタル・パニック!TSR」を楽しく視聴するために、原作や過去のアニメ作品をどういう経路で辿ればいいのか、私的意見として提示したいと思います。
 参考になれば嬉しいです。

 で、僕がお薦めする順番ですが。

 原作小説「戦うボーイ・ミーツ・ガール」→原作小説「疾るワン・ナイト・スタンド」→原作小説「揺れるイントゥ・ザ・ブルー」→アニメーション「フルメタル・パニック?ふもっふ」→現在放映中のアニメ「フルメタル・パニック!TSR」

 と、いうのがいいかと思われます。
 原作小説に関しては、非常に楽しく読めますので、趣味に合う方にはコンプリートをお薦めしたいですが、「現在放映中のアニメを楽しむ」という観点からするならば、上の順番がいいと思います。

 小説はお小遣いで購入できるでしょうし、「フルメタル・パニック?ふもっふ」はレンタルビデオなどで借りるなどして視聴できます。「〜ふもっふ」は原作小説のコメディバージョンをアニメ化したものですので、視聴した後に小説のコメディシリーズも楽しむ、という順序がいいかと思います。

 さて。GONZOが制作を担当した「フルメタル・パニック!」アニメーション作品第1弾に関してですが、これはお薦め順路の原作小説三つ分のエピソードが描かれています。このアニメーション作品を外して「原作小説を読むべき」としたのは、このアニメ作品は原作の面白さを表現できていない、と感じるからです。
 これは、制作を担当したGONZOの問題もあるでしょうけど、僕は「アニメ界の伝統」に問題があったのではないか、と推察しています。

 ここでちょっとその「アニメ界の伝統」について考察します。
 それは「オリジナリティ、積極性を必要以上に評価する傾向」です。
 具体的には、「脚本通りに絵コンテを描くのは良くない」とする傾向や「原作通りにするのは良くない」とする傾向です。
 ただ、こういう傾向に関しては、アニメ関係者のインタビュー記事などから推察している部分もあるので、あくまでも僕の想像でしかないものではあります。でも、出てきている作品を見ていると、「そうなんだろうな」と感じる部分が多々あります。
 「絵コンテを脚本通りに描かない」というのは、富野監督なんかが顕著のようです。「キングゲイナー」のムックに、最終回の脚本が掲載されているのですが、実際のフィルムとはかなり違っていて驚きました。「∀ガンダム」の時にも、富野監督が脚本をあまりに無視してコンテを描くので「脚本通りにやってくれ」とおそらくはプロデューサーからリテイクがあったりもしたそうです。
 また、劇場版アニメ「クラッシャー・ジョー」のムックで安彦良和氏が「脚本通りに絵コンテを描くのなんて受身もいいところ」「変えてしまうのは作法だと思っている」と語っています。「劇場版クラッシャー・ジョー」では脚本は原作者の高千穂遥氏ですが、監督をした安彦さんが絵コンテでばんばん変えてしまったので「共同脚本にしてくれ」と主張したということがあったのです。

 受身を否定し、積極的にオリジナリティを示していくことを良しとするこういった傾向は、アニメ界の過去のあり方に原因があったのだと思います。

 WEBアニメスタイルで板野一郎氏のインタビューなどを読むと、昔のアニメ界では「言われたことをただこなす」だけの、言ってみれば「やる気のない状態」が普通だったりしたようです。
 また、富野監督が脚本通りにコンテを切らなくなったのは、そもそもアニメの脚本を書く人達が「どうせアニメの脚本だろ」といい加減で適当なものばかりを書いていたことが原因らしいです。(トリトンの頃だったか?)
 そういう「受身」で「いい加減」で「やる気のない」職場にいながら、それでも「俺はそうはならないぜ!!」とやる気を奮い起こしてきた人達が、傑作や名作を生み出してきた、そういう伝統がアニメ界にはあるようです。

 でも。
 そこで重要なのは「オリジナリティ」や「積極性」そのものではなく、「オリジナリティや積極性によって、面白い作品を視聴者に届ける」ことのはずなのです。
 なんだけど、「オリジナリティ」や「積極性」を評価するあまり、先人達の苦労が曲解して形だけ独り歩きしてしまい、「積極的にオリジナリティを発揮すれば、それによってつまらなくなったって、俺達はいい仕事をしている」というような、変な自己満足が生まれていったのかもしれません。
 特に原作ものとかだと、その原作メディアに対するコンプレックスや対抗意識もあるのでしょうし。
 そういうものは、漫画界にもあって、以前からよく書いている「アニメーションをとにかく根拠なくけなす風潮」なんかがあるわけですが、そういうことが逆にアニメ界にあっても不思議はないわけですね。

 原作や脚本が面白いものであれば、それをそのまま映像化するべきです。なのに、それを無駄な自慰的なオリジナリティや積極性でいじくってしまう。そういう風潮が、アニメ界にはあるのだと思うわけです。

 「フルメタル・パニック!」アニメーション作品第1弾にも、その傾向が見られるように感じます。変にいじくってあるため、アニメーション第1弾を視聴しても、「フルメタル・パニック!」の面白さを楽しむことはできません。なので、順路から外しているわけです。
 それに対して京都アニメーションが制作したアニメーション作品第2弾の「フルメタル・パニック?ふもっふ」は、コメディ版のアニメ化なので、第1弾と単純な比較はできませんが、原作の良さをそのまま表現していてお薦めできます。(タツノコプロが数回担当していますが、タツノコ担当回は正直クオリティが落ちるようにも思いますが…)また、原作者の賀東招二氏が数回脚本を担当しているので、そこも見所です。

 そして、今回の「フルメタル・パニック!TSR」は全面的に京都アニメーションが制作してます。原作者が話作りに大きく関わり、原作の良さ、脚本の良さを真摯に映像化しています。
 そこには「視聴者に良いもの、面白いものを届けることこそ自分達の仕事」という、アニメ界に「積極性」や「オリジナリティ」を生み出した本来の姿があるように思います。
 アニメ界には、京都アニメーションに見られる「アニメ人本来の姿への回帰」が、様々なところで見られるように感じられます。先人達が築き上げてきた良き伝統が、今後も新しい人達に引き継がれていって、面白いものがどんどん出てくるといいなぁと思ったりもしますが、それはまぁ余談ですね。

 そんなわけで。
 ずいぶん長くなりましたが、以上で「フルメタTSRを楽しむために過去の作品をどう押さえるかの私的見解」を終わります。

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