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2005年10月 5日 (水)

漫画における「演技」論2(補足最終10・6早朝)

 だいぶ日にちが空いてしまいましたが。
 「漫画における『演技』論」の2回目です。
 前回の内容、自分でもちゃんと読み直しておかないと…。

 前回のはこれですね。

 でも、基本的には発想するまま指が動くままに書き綴っていきたいと思っております!

*******************************

 話を進めるためには、まず「演技」ということについて考える必要がありますね。

 「演技」という言葉は、役者がドラマや映画、芝居などで配役を演ずることにおいて言われる技術なわけですが。
 その要点として、物語の登場人物が何を思い、何をしているのかを伝える技術ということになりますよね。

 ただ、登場人物の内面や行動を表現するからといって、現実にある行動を再現することが演技ではない、と考えられます。
 これは、「演技」の持つ別の意味からすれば用を足すことにはなります。つまり役者さん云々ではなく、現実生活の中で我々が「本当に思っていることとは別の行動をあえて為す」ことで本心を隠す時のことですね。
 この「演技」は本心を隠すためのものですが、役者が演じる「演技」はそれとは本質が違っていて、「演技によって本心を伝える」ことが求められるわけです。

 例えば、我々が「本当は悲しいんだけど、それを隠すために表面的にはへらへらとした様子」を演じたとして。「あ。この人は悲しくないんだな」と思わせることができれば、その演技は成功なわけです。
 それに対して役者さんが演じる場合、「本当は悲しいんだけど、それを隠すために表面的にへらへらした様子」を演じることで「へらへらしているんだけど、本当は悲しい。それを必死に隠している」ということが伝えられることで、その演技が成功になるというわけです。

 本心を隠すのが我々がする演技であるとすれば、本心を伝えるのが役者さんがする演技である、ということですね。
 当然、役者さんがする演技の方がずっと高度で、様々な理論、鍛錬が必要になってきて、専門家としての「役者」が存在することになるわけです。

 その役者さんの演技の一つ一つが積み重なっていって、物語の中での一つの大きな流れ、「物語そのものの大きな演技」を形作っていきます。
 それにより、人に感動を与えることができるわけですね。
 その演技の積み重ね、大きな演技をコーディネートしていくのが、監督や演出家ということになり、そのスキルは「演出」と呼ばれるものになります。
 役者さん個人個人の演技の技術がそれぞれの形であったとしても、物語の中で統一されて使われていかなければ、バラバラに演技が存在してしまって、見る側に物語そのものを見せることにはなりません。だから役者さんの持っている「個人的な演技能力」をコーディネートしていって、「物語そのものの大きな演技」に練り上げていく技術が必要になるわけです。
 やはりそこには役者さんとは違った専門的な理論や鍛錬が必要になるものだと思います。

 大まかに、演技について述べてきたわけですが、これらは生身の役者さんが演じる場合についての話ではあります。
 しかし、ドラマや映画、舞台などと同じように、漫画においても、物語を描き出し、登場人物の本心を伝える技術が必要不可欠です。

 漫画における、登場人物の本心を伝える技術を何と言って規定すればいいのか。

 生身の役者さんが演じるものとは違うものではあります。
 しかし、漫画においては絵で表現され、フキダシで台詞をしゃべるキャラクターが、物語の中で役者の役割を果たす存在となります。
 その意味では、漫画の登場人物がその本心を伝えていく表現技術を「漫画における演技」である、と規定することができるのではないか、と思うのです。
 そうなると、同時に登場人物に演技をさせコーディネートしていく「演出」の技術も漫画には必要になってくることになります。

(補足:第一回で漫画に必要な技術を『「演出」ではなく「演技」』と書いていますが。この場合の「演出」は「作画による演出効果」の「演出」という意味ですね。どうしよう。第一回のこの部分方を修正した方がいいのかな?ちょっと考えて補正してみます。2005・10・6・0115時)

 で、あるならば。
 生身の役者さんが演技の、監督、演出家が演出の勉強鍛錬をするように、漫画家も漫画特有の演技、演出の勉強鍛錬をしなければならないはずです。

 漫画においても演技が存在する。
 漫画においても演技を演出する技法が求められる。

 確かに、物語を作り出し表現するわけですから、それはそうなんですよね。
 それはそうなんですけれども。

 では、漫画における演技はいかにして勉強鍛錬すれば良いのか。
 漫画における演技を演出する技法は、いかにして勉強鍛錬すれば良いのか。

 僕は、漫画界には演技の理論も、鍛錬の方法も実は存在していないのだと考えます。

 その部分に関しては、今まで作家個人の才能と努力によって表現されていたのだと思うのです。
 なぜ、そうなってしまうのかというと、漫画は絵を用いるからです。
 上手く物語を表現できていない時、漫画家も編集者も読者も「絵の技術が未熟だからだ」と思ってしまうのです。
 「絵」は、上手い下手が一目瞭然のものであるわけですし、鍛錬を重ねることによってどこまでも上達していくものですからね。

 しかし、絵の技術が上手くなったからといって、それだけで本当に物語を上手く表現できるものなのでしょうか。その絵を用いて、物語を伝えていく「演技」の技術もまた必要になってくるはずなのです。
 逆に、絵の技術がいまいちであったとしても演技が優れていれば、物語を伝えていくことだって可能になるはずです。
 だからといって、絵の鍛錬を否定するものでは勿論ありません。
 絵の鍛錬をしていくことは、演技以前に絶対不可欠です。
 そこに、演技演出の技法が加われば。これはもう、面白い漫画を生み出していくことが、より可能になっていくはずなのです。

 ところが、明確な演技の理論や鍛錬方法がない。
 ならば。
 作るしか、ないわけです。

 漫画における演技の技法についての理論、そしてその鍛錬の方法を生み出していくこと。
 それこそが、この「演技論」の目的なのです。

 
 …というか。実は今その目的に決まりました。
 しくしくしく…。
 考えながらタイプしているのですが、こんな話になるなんて…。
 大風呂敷にも程がある…。
 …まぁいいや。目的がはっきりしたんだから。
 このまま畳まないで、大風呂敷を広げっぱなしにして、いけるところまでいってみましょう!
 というわけで、続きはまた次回です!!

(つづく)
 分かりにくい点などありましたら、ご指摘よろしくお願いします。誤字脱字は発見次第修正していきます。

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コメント

以前バカボンドの井上さんが、浦沢直樹のマンガに対して、「徹底的にキャラクタの内側に入らない、第三者的なカメラは僕には真似できない。盛り上がるところではどうしても主観でかいてしまう」とインタビューで語っていたことがありました(引用元忘れ)。

こういったカメラワーク、例えば主人公が遠くをにらむ→次のコマ背景のみといった技法は、当たり前ながらマンガであっても作家に蓄積されていくものだと私は思いますが、漢さんはどのようにお考えでしょうか。

投稿: 飛んできた人 | 2005年10月 6日 (木) 09:45

>飛んできた人さん
コメントありがとうございます。
井上先生がインタビューで言われていることは興味深いし勉強になります。教えてくださってありがとうございます!

≫ 例えば主人公が遠くをにらむ→次のコマ背景のみといった技法は、当たり前ながらマンガであっても作家に蓄積されていくものだと私は思いますが、漢さんはどのようにお考えでしょうか

僕は例示されたシーンで言うと、「主人公が遠くをにらむ」のところをどう表現するのか、が今回の記事で問題にしているところだと思います。
そこに演技が必要になる、と考えるからです。
「にらむ」時に「怒りをにじませるのか」「恐怖に怯えるのか」「嫌悪感に震えるのか」「口だけは笑っているのか」「前傾姿勢になるのか」「半身なのか」「腰が引けているのか」「横目で睨むのか」「真正面から睨むのか」「上目遣いか」などなど。
そこの見せ方、演技のさせ方によって、次のコマの「背景のみ」により明確な意図を持たせることができると思うのです。
で。
その「どうやって睨むか」の演技の技術は、明確な意図を持って何らかの鍛錬を積むことによって習得できるものだと思いますし、技術論として確立されていない部分だと感じています。
技法が蓄積される、ということでいうと、確立されていった技法を共有していくことができれば、更なる発展が望めるのではないか、と思っています。

投稿: だんち | 2005年10月 6日 (木) 17:32

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