漫画における「演技」論3
前回、漫画においては「演技」の理論や鍛錬方法は確立されていないのではないか、ということを述べました。それにより、このコラムは「漫画における演技の技法、理論、鍛錬方法の確立」を目指すこととなりました。
そんなわけで、今回から具体的な漫画における演技の内容について考えていくことにします。
まぁしかし。
正直言って、「そりゃ、風呂敷広げ過ぎだろう。無理なんじゃねぇの?」と自分でも思います。
目指す心意気は我ながら大したものだとは思いますけども。
でもやっぱり、現時点で、漫画作成の様々な技術がある中で「漫画の中で演技をさせる」という技術は、確立されていないだろうとは、思うんですよね。
そこに、多くの漫画家の悩み、苦しみがあるとも思うし。
だから、やる意義はあるようには思います。
ただ。実際の話。
漫画を実際に描いている人ならば「漫画にも演技という考え方が必要」ということは、聞けば「ああ。うん。そうだよね」とすぐ納得することだとも思います。
それだけ、実はかなり基礎的なことなんだと思います。
基礎的だからこそ、おざなりにされてきてしまっていた、とも言えるのかもしれません。
それを、ある程度整理して文章化した場合、それは「なんだ。そんなことか」と、どっちらけてしまうような「当たり前のこと」になってしまうかとも思います。
しかし、「基礎の究極が奥義」であるという考え方もあるわけで。
やはり、やる意義はあるように、思います。
そんなわけで、頑張ってみます!
まず、何について語っていくかの項目を整理してみたいと思います。
1:キャラクターデザイン=役者選び。キャスティング
2:ネーム作業=演技プラン。リハーサル。
3:下描き、ペン入れ=本番。
4:漫画表現の活用=崩しによる演技
今、とりあえず頭に浮かぶのはこれくらいですが。書き進めていくうちにいろいろと出てくるかもしれません。
では、まず最初に「キャラクターデザイン」について、書いていこうと思います。
******************************
1:キャラクターデザイン=役者選び。キャスティング
漫画を描く上で、キャラクターに演技をさせるためには、そのためのキャラクターデザインが重要になります。これは、映画やドラマ、演劇などにあてはめれば「役者選び。キャスティング」に当るものだと思います。
物語の雰囲気や方向性に則したキャラクター(役者)を作り出す(選ぶ)ことが、作品の中でキャラクターにいい演技をさせる第一歩になるものとして話を進めていきます。
漫画の描き方は実際、人それぞれで正解があるものではありません。
ただ、この「演技論」は「漫画の描き方」の全体を考察する総論的なものというよりも、「登場人物の演技をどうしていくべきか」という各論的なものとして、ある一定の方向からの視点による論議になっていきますので、話を進めていく上での「仮定」はこれからも沢山出てくると思います。
というより。
実際、この「演技論」自体が「大きな仮定、仮説」であるわけですから、その意味でもどんどん気にしないで話を進めていくべきかもしれませんね。
頑張ります!
①「準備不足」は何故起きるのか
さて。キャラクターデザインですが。
僕の個人的な経験では、編集者からキャラクターデザイン表(通称キャラ表)の提出を求められたことはあまりありません。現在描いているレディースコミック誌「微熱」においては、毎回キャラ表を提出してチェックをしてもらっていますが、青年誌、少年誌、エロ誌などでは参考程度以上のキャラ表を提出したことはありません。(但し、少年誌では掲載まではいきませんでしたので、打ち合せ、ネーム提出を経験したレベルでしかありませんけれども。)
一度、青年誌で描いていた時に、担当さんから「キャラ表とか作った方がいいよ」という程度のアドバイスをもらったことはありました。その時、その担当さんが受け持っていたその雑誌の人気連載漫画の「キャラ表」のコピーを見せてもらいました。
しかしそれは、シャーペンで描かれたポーズと顔の表情のラフでしかなく、僕はそれを見て「あぁ。こんなものでいいんだ」くらいにしか思いませんでした。
でも、今にして思えば、その漫画のキャラ表がそんな程度のものであったはずが無いと思うんですよ。その先生は何度も何度も練習してキャラクターを練り上げていって、自分の手にしっかり馴染ませていって、連載のための準備をしっかりした上で描いていたのだと思います。
で、編集者にはその練習の一部のコピーをさっくり見せていただけだったのでしょう。
ただ。実際にそのラフ絵が「キャラ表」だったという可能性はあります。
漫画の世界では、実はキャラクターをきちんと準備するということに関しては、かなりいい加減に進めてしまう、そういう風習があるのかも知れません。
キャラクターというものは、作家個人の「絵柄」とイコールで見られている部分があるのだと思います。
だから、編集会議で何度も何度もネームを直したものの提出を求められても、キャラクター表の提出を求められることがなかったのだと思います。
勿論例外もあって。外部からの企画発注があった場合などはキャラ表の提出を求められることがあります。それはクライアントが漫画編集部以外の場合ということになります。(僕が経験した範囲でのことですけれども。)
ただ、「絵柄」=「キャラクター」と見られて、キャラクターデザインに関しては作家の裁量、漫画作成工程の一部としてある程度投げっぱなしにされている事実は、やはりあるのでしょう。
そして、そのことによって連載漫画などである現象が起きます。
それは、「連載が進むにつれキャラクターのデザインが練り上がり、絵がどんどん変わっていく」という現象です。
これは、「絵が上達した」現象として見られることが多いのですが、そういった部分を含みつつも、実際キャラクターデザインが描くことによって練り上がっていった現象としても、見ることができると思います。
「絵が変化する」という現象は、漫画の画面に関しては作家個人の裁量によって制作されるところから起こるわけですね。
作家個人の絵に対する考え方や技量などが変わると、同じキャラクターを描いていてもどんどん変わっていってしまいます。
それは、漫画という媒体の一つの面白い点でもあります。
作家個人の変化に、作品もキャラクターも左右されていくという、その不安定さが魅力だとも言えるかもしれません。
しかし、だからといってキャラクターデザインを練り込まなくていい、というわけではありません。
絵がどんどん変化していく現象の一面として、「絵が上達する」という部分があって、それはそれとしたとしても。別の面を見ると「キャラクターデザインについての準備が不足しているから、描きながら練り上がっていく」という側面があると思うのです。
つまり、絵の変化には二つの原因が内在している、ということですね。
それは、「上達」と「準備不足」。
この二つの原因のうちの「準備不足」に関しては、あまり認識されていないのではないでしょうか。
キャラクターデザインの準備が不足するということは、キャラクターに演技をさせるという「演技論」の観点で言うと「それ以前の問題」となります。というのは、きちんと準備できていないキャラクターを描く時には、そのキャラクターを絵的に整合性を持って描写することに精一杯で、「いい演技をさせる」ことを意識する余裕などはないからです。
そこで、連載が続いたりするとキャラクターが練り上がり、余裕が生まれ、自然とキャラクターに演技をさせることができるようになります。そうなると、いい表情やいい動き、いい台詞などがどんどん生まれてくるわけですね。
ここで問題になるのは、この段階での絵の変化、表現が深まる現象が「上達によるもの」なのか「準備不足解消によるもの」なのか、どちらであるのか、ということです。
従来、この変化は「絵が上達した」ものとして認識されてきていたと思います。
描く側も、編集する側も、読む側も。
だから、そういう変化があった作品を見て、「上手くなった」と表現するわけです。
確かにそういう面もあるのでしょうけれども、しかし同時に「準備が不足していた部分が解消された」という面があるとも言えるのではないでしょうか。
その認識が不足していたから、長いこと漫画の世界ではキャラクターデザインをアバウトにしてしまう癖が続いてきてしまっていたのではないでしょうか。
そこは、漫画が持つ「作家個人の変化に左右されるという不安定な魅力」の、落とし穴と言える部分かもしれません。
つまり、「絵が上手くなれば全て解決する」といういい加減な考え方があることから、キャラクターデザインの準備を怠り、キャラクターに演技をさせるという意識を蔑ろにしていた、と思うのです。
「準備なんてちゃんとしなくたって、絵が上手く描ければ文句ないだろ!」
というような、そういう考え方ですね。
「上手い」「下手」で語られる絵の世界だからこそ、本質を見失っていた、ということが言えるのかもしれません。
それにより、キャラクターに演技にさせることに関しては、明確なロジックがなく、作家の才能任せになっていた、と思うのです。
漫画は、確かに絵で表現するものですから、絵の上達は重要です。
しかし、同時にドラマを表現するためのキャラクター表現も重要です。それは、キャラクターによる演技ということになるわけですが、そのためには、演技ができる役者として練り込まれたキャラクターが必要です。
そのキャラクターを練り込む作業が「キャラクターデザイン」ということになります。
このキャラクターデザインというものは、どうすれば良いのか。
演技をさせるという観点でデザインする場合には、どういう点に気をつけるべきなのか。
次回はその点について考察、論じていきたいと思います。
(つづく)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。

コメント