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2006年3月12日 (日)

「蟲師」最終回感想

 「蟲師」の地上波での最終回。
 DVDについている設定資料に載っていた長濱監督のイメージイラストに、今回の「筆の海」の淡幽が描かれていて、そこに監督の「蟲師は基本的にラブストーリーだと考えています。」というメモ書きがあります。まさに、その通りの今回のお話でした。
 とても素敵なお話でしたね。

 今回のお話の前半では、ギンコと淡幽との絡みはほとんど無く、おばあさん蟲師と淡幽とのエピソードが中心でした。それは、おばあさん蟲師が淡幽を心を篭めて育てていたことを描写していたように思います。
 そして、おばあさん蟲師の愛情を受けて育った淡幽がどのような少女に育ったのか、を見せてくれるわけですね。
 それが、淡幽が蟲に対して情を持つようになったところですね。
 自分の身体を蝕んでいる蟲を封印するには、蟲達を屠った蟲師達の話を聞いてそれを書き止めなければならない。
 だけど、それは淡幽にとっては、蟲と共に生きている自分自身が害されているような、そういう気持ちになるものだったのかもしれないですよね。
 殺生の話を嬉々として聞かされることに、少女はとても傷ついていったわけですが。

 ちょっと今思ったんだけれども。
 おっさん蟲師が淡幽に自慢気に話している時の表情ってなんだかいやらしかったじゃんか(なんかそう見えたんだけども)。あれって、淡幽が可愛いからなんじゃねぇかなぁ。
 他の蟲師達も淡幽の気を引こうと、自分を格好良く見せようと話してた部分もあったんじゃなかろうか。そういった部分も含めて、多感な年頃でもある淡幽は「もう聞きたくない」と思ったのかも。
 っつうのは、余計な読み解きなのかしら。

 でも、そんな淡幽は1人の青年に出会うわけですよ。
 蟲を殺した話をしない蟲師。
 つまり、淡幽が聞きたい話をしてくれるただ一人の男。
 ギンコに。

 ここから、淡幽の物語だったものがギンコとの二人の物語になるわけですね。

 淡幽は、自分にとって役に立つ話をしない蟲師であるギンコを、蟲封じの書物の蔵へと勝手に案内し、歓迎します。そして「また話しに来て欲しい」と頼み、二人の関係が始まります。
 それは、ギブアンドテイクの関係ではあるわけですが、淡幽は明らかにギンコに対して何らかの気持ちを持っていることが、じんわりと描かれます。
 ちょっとした一言一言で。
 なんかもう、その辺りたまりません。
 ギンコが来ていることを聞いて「すぐ呼んでくれ」と言ってみたり、「ちゃんと生きておったのだな」とギンコに向かって言ってみたり、ギンコの話をもっと聞きたがったり、蟲を封じる時に「終わるまでそこにいてくれな」と言ってみたり。
 特に、激痛に耐えながら蟲を封じる時に一緒にいて欲しがるところなど、とても切ないものがあります。

 でも。ここでギンコ側からもちょっとしたことがあるわけですよ。
 それはナレーション。
 いつもならば、ギンコの育ての親のヌイ役の土井美加さんがナレーションをしているわけですが、今回はギンコがナレーションをしている。
 それは、とても客観的な言葉で「~~そういう娘が、1人、いる」と淡々と語られるものなわけですが、これが何回か繰り返されることで、ギンコも淡幽に対して、やはり何らかの気持ちを持っていることが感じ取れるように思います。

 そして、淡幽は休むことを拒否してギンコと外へ行きます。

 何も無い、岩と草だけの野原。
 何も持たず、ギンコは淡幽を背負い、語らいながら、何も無い野原を歩き、岩場で座る。

 これは、二人にとってデート。
 お互い、その身に地獄のような苦しみを背負いながらも、巡り合った男と女が一時の間過ごす逢瀬の時間。

 ここで二人は、未来を語り合います。
 淡幽が足が治ったらギンコと旅をしたい、と言い、ギンコはそれを「いいぜ」と受け止める。
 その身の宿命からずっと1人で居続けてきたギンコが、一緒に旅をする約束をする。それは、運命を共にする決意を伴うもので、あっさりと言ってはいるけれども、とても愛情の篭ったものでした。

 いつになるか分からないことではあるけれども、それは「将来の約束」なわけです。
 だから、淡幽はとても嬉しそうに笑い、「生きていたらな」と言うギンコに対し、無邪気に「生きてるんだよ」と更なる約束を重ねます。

 男女というものは、こういうものかもしれないな、と見ていて思いました。
 心が結び合うのに、何もいらないんでしょうね。
 素敵な場所があって、素敵な音楽があって、素敵な服を着て、素敵な食べ物があって。それで男女の関係がより素敵なものになっていくかっていうと、そういうものじゃないんだろうな、って。
 そういうものがあったっていいんだけども、本当に心が通い合い、結び合う時は、そんなものはあったって無くったって、いいわけですよ。
 それを象徴する、素晴らしいシーンでした。

 何も無い野原の岩場で、ただ風の音だけがする中で、将来を語らい約束をする男女。
 殺風景なところだからこそ、二人の愛情が際立って瑞々しく見えてくるし、何も無いからこそ、直接的でない言葉でも充分気持ちが伝わり合うところが見えてくる。
 素晴らしいラブシーンでしたね。本当に。

 将来の約束があることで、ナレーションがヌイではなくギンコになったことにも意味が生まれますよね。
 ギンコがヌイの元から離れ自立し、自分の未来を掴もうとするようになった。つまり、1人の立派な男になった。という、そういう見方ができますよね。
 全体を振り返ると、そういう物語だったんだな、って思えますよね。孤独な宿命を負った男が旅を続け、そして自分と同じような孤独な宿命を負った女と出会う。「ここにいて欲しい」という女はいたかもしれないけど、「一緒に旅をしたい」という女はいなかったのかもしれない。
 ギンコは主人公なのに傍観者的な描かれ方をされているから、その地獄のような呪われた身の上は、あまり辛く苦しいものとしては描写されていません。だけどこの物語は超超超ハードボイルドなんですよね。
 そんなハードボイルドヒーローギンコは、蟲に関する情報や知識は得ても、特に何も得ないでずっと旅をしていて。
 そのギンコが唯一自分のためにする旅が、淡幽に会いに行くことだったのかもしれない。

 だから、淡幽がすごく嬉しそうだったことにも涙が出たのですが、ギンコの傍に淡幽がいることにも、切ない感動を感じていたのかもしれません。
 何も手に入れることができない男が、たった一つの将来の約束を得た。

 ギンコの姿を、それぞれの立場で生きている僕らに置き換えて見るならば、その生活がどんなものであっても、一つ何かを手に入れられるのであれば、それはとても幸せなことだと言えるのかもしれないですよね。

 このシリーズ構成にはそういう意図が篭められていたのかもしれないと感じます。
 それは、視聴者に対して最高のエールだと思いますし、最高のメッセージですよね。
 長濱監督の情の厚さを見る気がします。

 改めて、アニメーション作品「蟲師」は、とても男らしい、男臭い、男のための物語だったと、僕は思います。
 この物語から受け取ったものは、僕の心から消えそうに無いような気がします。それは、蟲が見えなくてもそこにあるがごとく。

 その意味では、長濱監督こそが、蟲だったのかもね。

 長々と書いてしまいましたが、この辺で終わります。
 BSフジで続くこの先のエピソードはDVDで見ることになるでしょう。
 その時はまた改めて感想を書きたいと思います。
 淡幽との約束を胸に生きるギンコがどんな風になっているのか、そんなことに思いを馳せつつ、この感想を終わりたいと思います。

(「蟲師」地上波最終回感想。了。)

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