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2006年3月27日 (月)

劇場版機動戦士ZガンダムⅢ~星の鼓動は愛~を観てきました。

 金曜日、海老名のTOHO CINEMAで「劇場版機動戦士ZガンダムⅢ~星の鼓動は愛~」を見てきました。
 その感想を書き綴ってみたいと思います。
 ネタバレを思い切りします。ラストシーンについても。なのでご注意を。

 とにかく、やっと最後まで観れて良かった!
 楽しんで観てきましたよ。
 映画はいいですね。しかも富野ガンダムの映画!
 でかい画面に宇宙の絵とガンダムのタイトルが映るとたまんねぇっすよ。

 20年前の旧作と新作が混ざっていることとか、映画として提示するにはエクスキューズがついてしまうものではあったわけだけど。そんなことはもう大前提として「絶対これを楽しむぜ」と決めて「星を継ぐ者」「恋人たち」と観て。そして完結する今回。
 やっぱり、とにもかくにも、「富野監督のガンダムが劇場で上映される」ということ自体に、最高の満足感を得ることができました。

 だから、その意味ではエンドロールよりも、最初のタイトルの時点で猛烈に感動を覚えていました。

 上映館が少ないにも関わらず、このシリーズが優秀な興行成績を記録したのも、内容どうこう以前にまずこの「機会」に飢えている人が多かったのではないか、とも感じます。
 少なくとも、僕はそうでした。
 その意味では、この一連の作品が人にとってどうであるとか、映画界にとってどうであるとか、アニメ界にとってどうであるとか、「富野ガンダム」の一ファンである僕にとっては全くどうでもいいことで。
 とにかく、劇場版Zガンダムを映画館で見ることができたことに、大きな喜びを感じ幸せな気持ちになることができました。

 なので、感想はぐだぐだ語らず、簡単にまとめられれば、と思います。

 「星の鼓動は愛」は宇宙での戦闘がメインで、それまで描かれてきたエゥーゴとティターンズの力関係や登場人物達の人間関係を前提とした上で、ものすごくシンプルに展開したように思います。
 「恋人たち」のうねるような物語とは違うし、「星を継ぐ者」のダイナミックなものとも違うし。新しい人物像になったカミーユそのもののような、ストレートなものを感じました。
 ハマーンがあっちこっちでそれぞれの大将に会って、男達を天秤にかけるものだから、入り組んでいるようにも見えたんだけど、そんなことはなくって。結局はエゥーゴ対ティターンズの戦いを描いているんですよね。アクシズはザビ家復興をしたいだけだし、ハマーンはシャアを取り戻したいだけだから、直接どっちかの敵にはならなし。

 カミーユはエゥーゴのエースパイロットとして、ティターンズを倒すことを一貫して目指していて。それを彼は「戦争なんだ」という認識で果たそうとするわけですね。
 だから、シロッコがティターンズの実権を握ればシロッコと向き合うし、ハマーンがシロッコと手を組めばハマーンとも向き合う。
 そんな中で、ニュータイプとして「敵」というものの認識を深めていって、直接向き合った時に「違う!」と彼らのことを喝破するわけですね。
 あのシーンはすごく良かったですね。「こうだから違う」とか、そういうことを言わず「違う!」とただ言い切るところに、カミーユの正しい感覚が見えるように思えて、すごく響いてくる場面でした。
 で、それをシャア目線で見ているところがまた良かった。
 「あ。こいつは『違う』ことを『違う』と言い切れるんだ」
 と、シャアと一緒になってカミーユという少年の心の力強さを感じ取れる感じがして。

 カミーユは、仲間が死ねば悲しむし、敵の傲慢さや狡猾さに腹を立てるし、後輩の未熟さを叱るし、そして生身の女の子が傍に来れば抱き合う。
 その健全さが本当に観ていてストレートに伝わってきたように思います。
 で、その健全さはどこから来たのか、といえば環境なんだろうな、と思います。
 エゥーゴとティターンズは両方戦争をする集まりだけど、エゥーゴの方が健全なんですよね。その仲間達の健全さの中にいたからこそ、カミーユは健全でいられたし、その象徴的なシーンがラストのサエグサの盗み聞きのところだったのだろうと思います。
 エマやヘンケンも健全だしね。クワトロ(この場合シャアではなく)だってブライトだって健全なわけですよ。みんなでケーキ食ってるところや、なんだかカップルがぽこぽこできてる感じだって、アポリーがどうやらファを可愛いと思っていて守っちゃうところだって、健全なんですよね。

 で。エゥーゴが健全だからこそ、レコアはシロッコのところに行くわけですよ。
 どう考えても、シロッコは変態なエッチしそうだもんなぁ。最初にヤザンに連れて行かれるわけだけど、ヤザンだってまともなセックスしそうにないもんね。そこが、レコアには魅力だったんだろうなぁって思いますよ。すごく不健全で不道徳な感じ。そこに惹かれてしまう。
 なるほど。そういう不健全なところにサラのような子がいるもんだから、カミーユは「そんなところにいちゃダメだ」と言うわけですね。言ってみれば、カミーユからしてみたら「オーナーに恩があるためにSMクラブで働かされている純心な少女」みたいに見えて痛々しかったんでしょうね。
 でも、サラが見ていたシロッコというのは、他の人達が見ているどれとも違っていたんでしょうね。レコアはシロッコのことで愚痴を言うんだけど、サラは一言も言わない。それは盲信していたというよりも、母のように守る心地だったのではなかろうか、と思えますね。だから、最後の最後までシロッコを守ろうとしていたんだろうし、シロッコがいてもカミーユに対して兄のように慕う気持ちにもなるし、カツに対して恋心も抱く。
 その健全のことで言うと、カツはその自分の健全さでサラに裏切られて傷ついてしまっていたから、健全さに対してイラついていたんでしょうね。で、自分を見失って死んでしまう。だけど、最後の最後でサラにその純心さ健全さを認められて、間違っていなかったことを知るわけですね。

 そんなエゥーゴの健全な強さとまとまりを生み出しているのが「ヒーロー」ということなんでしょうね。
 シャアがいてブライトがいて。アムロやハヤトも手を貸している。
 「俺達は間違っていない」「俺達は勝てる」と信じてモチベーションを高めることができる。
 カミーユなんかその象徴的なパイロットなわけですね。
 健全にまとまって、健全に気持ちを一つにして戦い、それによって勝つ。
 そのプロセスと結果を見せてくれたことは、エンターテインメントとして、とても清々しく気持ちの良いもので。また、「そうありたい」と思えるものでした。
 そこは、「星を継ぐ者」で感じた「悪者ティターンズを倒そうとするエゥーゴというシンプルな構図」がそのまま展開したもので、すっきりと見せてくれるものでした。

 また、ティターンズの不健全さも面白いものでしたね。
 ファーストガンダムでもそうでしたが、「仲間割れをした方が負ける」というのは、そりゃそうだよな、と思えます。
 シロッコがジャミトフを殺し、ヤザンがバスクを殺す。
 そんなことをしていて勝てるわけがない。
 じゃあ、アクシズはどうか、というと。
 あそこは「ザビ家」という強烈な旗印、つまり「ヒーロー」があるから、実は健全なんですよね。
 ハマーンがシャアに対して個人的な恨みつらみを持っているから不健全にも見えるんだけど、実はそうじゃない。だから、ハマーンの前からついにシャアがいなくなってしまった後、彼女はミネバに対して勉学の気遣いと配慮を見せるし、将兵達がどんどん彼女の周囲に集ってきて彼女の采配を求めるわけですね。
 ハマーンの歪みの原因が、シャアとの過去にあることをカミーユが見てしまうところのシーンは圧巻でしたね。あそこのハマーンの激昂が、シャアに傷つけられた少女時代の心を表していて、すごく伝わってくるものがありました。

 そのシャアですが。
 彼が結局エゥーゴの健全さに耐えられなくなってしまったのは、ミネバが戦場に出て来てしまったことに傷ついたからかもしれないですよね。
 彼はザビ家の者を直接二人殺しているわけですから。自分だって、父親を謀殺されているし。せめてミネバは謀略渦巻く戦場からは離しておきたかったのかもしれない。
 ハマーンは勿論、ミネバを引っ張り出せばシャアを取り返せると計算していたんでしょうし。
 「健全なヒーロー」ではない自分に直面することで、理想を掲げ続けることができなくなったシャアは表舞台から消え、「逆襲」をすることになるのでしょう。
 自ら「不健全」な立場と役回りに立つことを決心して。
 それを考えると、ハマーンが最後まで「戻って来い」と言っていたのは泣かせますよね。
 彼女はシャアを憎んでもいただろうけど、心の底では助けたかったのでしょうね。

 さて、「Zガンダム」がテレビ版とは違う解釈によって「新訳」として映画化されたわけですが。
 それによって作品がとても健全なものになったと僕は感じました。
 「健全」が「不健全」を駆逐するというそのシンプルな構図は、力強いメッセージを与えてくれるものでした。

 その健全さの内容がラストシーンに篭められていたものだと思います。
 そこは「恋人たち」でも描かれていた「セックス」というものに対する感覚なんだろうと感じます。
 最後、カミーユは死者に貸し与えていた自分の肉体に戻って来ます。
 そこのシーンもまた素晴らしいもので。Zガンダムが人型にゆっくり変形していくことで、カミーユが戻ってくることを表現していました。ここは、本当にすごかった。
 カミーユがZの中でどうなっているのかが見えず、ただZがぼんやりと変形していく様子が、怖く見える場面でもありました。
 そして、カミーユが息をして、バイザーの壊れたヘルメットを交換する。ここがまた、本当にいいシーンでした。エマの前でバイザーを開けるところから繋がってくるシーンで、カミーユがちゃんと生きていこうとする意思を見せてくれるところで、あの台詞を聞けただけでも「良かった…カミーユ。頑張って生きていけよ」と思えました。
 そして、カミーユはノーマルスーツ越しであっても、生身の女の子と抱き合うわけですね。
 ここが、作品を通して語られてきた「健全さ」の具体的な形なんだな、と思います。
 人それぞれの解釈があるでしょうけど、僕はカミーユとファはセックスしていたな、と見ました。だから「戻るべき場所」があったんだと思います。
 その意味では、テレビ版のカミーユは童貞だった気がしますね。人の温もりや愛し合うことを知らなかったのでしょう。
 シロッコなんかは、セックスはしてただろうけど、心の中は童貞だったのかもしれないですね。格好ばっかりつけて心を裸にできない。サラのような子がいたのに。不幸な男ですよ。

 この作品で提示されたメッセージは「健全なセックスってどういうものなんだ」というものだと感じます。
 それは、形が健全であるとか、イメージとしての健全さ、ではなく。
 セックスする、ということ自体の持つ健全さ、というか。
 それをどう解釈していくか、は人それぞれでしょうけども。元々は子供向けロボットアニメであったガンダムが、こういうメッセージを発せられるようになったところに、アニメーションという媒体が一定以上の成長を遂げたのだなと感じ、感慨深い思いがします。

 つまり、乱暴な言い方をすると、劇場版Zガンダムは性教育アニメなんだと思うんですよ。でもそれは、性行為だけを抜き取って「これこれこういうものです」と知識としてはめ込んでいくものでは無く。状況や環境や関係があっての性行為というものを表現しているのだと思うんですね。
 それは、大人が見ても「うーん。そうだよな」と思わされるし、おそらくは子供が見ても「そうかもしれない」と思うものになっていると感じます。
 インスタントな「愛」でインスタントに儲けようとするのではなく、時代性も含めて「愛」というものを見せてくれる富野監督は、本当に尊敬できるエンターテイナーだと改めて思いました。
 どんなにガタガタ言われたところで、これだけ本気で見せてくれる監督の作品は、多くの人の心を掴み続けるでしょうし、支持され続けることでしょうね。
 勿論、僕もそのうちの一人として今後も監督の作品を観続けたいと思っています。

 結局、だいぶ長く書いてしまいましたが、そろそろ終わりたいと思います。
 ともかく、「劇場版機動戦士Zガンダム」を最後まで観ることができて幸せです。この作品が、多くのクリエーターの前に立ちはだかることもまた、喜びだと感じます。
 富野監督が、「健全」ということについて真正面から切り込んだことは、多くの人に勇気を与えてくれると思いますが、同時に「逃げ」は「逃げ」として見られてしまう線引きもそこにあるように思います。
 でも、それは必要なものだと思いますよ。
 「劇場版機動戦士Zガンダム」は、絶対に必要な作品です。
 ファンにとっても、クリエーターにとっても。
 そのことが現実に浮き彫りになってくるのは、もしかしてまた20年後とかになるのかもしれないけれども。

 僕は漫画を描くことをしている者として、この作品を観たことを忘れず、更に頑張っていこうと思っています。その成果をきちんとモノにすることが、僕の目標の一つになったことを、今とても幸せに感じています。

 以上で、「劇場版機動戦士Zガンダム」の感想を終わります。
 富野監督。ありがとうございました!!

 最後に蛇足。
 海老名のTOHO CINEMAではZの上映は平日では夜10時からの上映しかなくって。強制的にレイトショーだったので、安くて良かったです。1200円。やっぱりそれくらいが妥当だよなぁ。でも、もう200円安くてもいいようにも思うかな。
 映画、なんとかもっと安くならないものなのかねぇ…。

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