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2006年5月21日 (日)

今になって「涼宮ハルヒの憂鬱」第2話~第5話を見直してみたら、いろいろ発見があった。

 こんばんは。だんちです。
 第7話の感想でmementoさんからいただいたコメントを見て、第2話を見直してみました。そうしたらいろいろと発見があったので、それをだだだっと列挙していこうかと思います。
 ただ、僕と同じように原作未読で、自分で見直して自分の視点で発見をしていきたいという方は、先入観などを持たないために読まない方がいいかもしれません。
*5月22日AM3:15頃若干加筆修正*

 まぁ。そうはいっても大した発見じゃないとは思うんですけれども。

 それは、てりぃさんが既に第2話の感想の中でも書かれている点についてです。
 この第2話は実質第1話で、物語のスタートなわけですが、そのアバンがしばらくモノクロ調で展開します。そして、ハルヒが登場して突然カラーになる。
 という、そういう演出がなされています。
 その点について、リアルタイムで見ていた時も、てりぃさんの感想を読んだ時も、「なるほど」くらいに思っていたようで、ほとんど印象に残っていませんでした。

 でも、改めて見直してみたら、「あぁ!なんだ。もうここでこういうことになっていたのか!!」と、なったんですね。

 ここまで話が進んできて、キョンとハルヒの気持ちの部分を見た上で、第2話のアバンを見直すと、かなりはっきりした印象を持つことができました。
 最初、キョンはいかに自分が取るに足らない普通の高校生になってしまったか、をモノローグで語りながら学校に登校します。
 その間、ずっと画面はモノクロ調。
 で、「さしたる感慨もない」高校生活が始まり、教室で自己紹介をしたりもする。そこでもモノクロ調のまま。
 それは、当然キョンの心を表現しているわけですね。
 そしてハルヒ登場。
 ここではまだモノクロ調。
 ハルヒのとんでもない自己紹介があって、キョンが振り返り、彼は初めてハルヒを見る。

 ここで、突然画面がカラーになる。

 これを見た時、
 「あぁ!なんだ!キョンはこの瞬間、ハルヒに恋に落ちたんだ!!!!」
 と気づきました。

 モノクロ調のシーンの時、彼は「サンタは元々信じていなかった」「ヒーローなんかがいないことにも薄々感づいていた」「宇宙人、未来人、超能力者。そんなのいるわけねぇ」と語り続けます。
 考えてみれば。
 高校生になる入学式の日に、なんでそんなことをぶつくさと彼はモノローグしているのか。
 それは、モノローグの内容と、高校生になったばかり、ということとを考え合わせれば、答えが出るのかもしれません。
 つまり、「高校生になった!すごい楽しい青春が待っているかも!可愛い女の子と恋をしたり、なんだか体験しちゃったり…そんなこともあるかもっ!!」なんてな胸踊る期待や希望や願望や欲望なんかが、際限なく渦巻くであろう入学初日。本当は、彼にもそんな期待が胸の中にしっかりとあったのでしょう。
 だけど、それは期待しすぎても仕方のないもので、実際は、大して面白い青春があるわけでもないし、彼女もできなかったりするし、きっと面白いもんでもないんだ。そんな期待を持つことは、宇宙人がいるって信じるのと同じようなものだ。と自らの心に言い聞かせている、と受け取ることができるのかもしれません。

 「期待したって、実際には面白いことなんて、別にねぇよ」
 という彼の、諦めた気分が、冒頭のモノクロ調で表現されていた、と見れるのだと思います。
 でも、それを逆に見た場合、期待することが本当はあるからこそ、その期待が叶わないことを恐れ、先んじてそれを押さえつけ封印し、「どうせつまらないんだよ」と自分の周囲をモノクロ調で見ていた、と言えるのかもしれません。

 だから。
 彼はハルヒを見た瞬間に、本来持っていた期待や希望、願望を一気に解放させ、そして恋に落ちてしまったのだ、と思うのです。
 彼は「いるはずがない」と思い込もうとしていた、「彼にとっての」宇宙人、未来人、超能力者、に会ってしまった、ということですね。
 つまり、「青春を与えてくれる相手」。もっと言うと「唯一無二の自分にとって絶対の女の子」。そういう存在である、ハルヒに会ってしまった。

 その瞬間、恋に落ちた。

 そうやって見ると、あとはもう発見の連続でした。
 ずっとハルヒを目で追いかけているところも、改めてよく見るとハルヒがものすごく孤独で寂しそうに見える、とか。
 髪型のことを指摘したことも、よく言われる「髪形変えたのに、彼が何も言ってくれないの!」みたいなことから言うならば、「よく見てるよな」って話で。それだけ彼が毎日毎日ハルヒのことをずっと見ているっていうことだし。
 あと、文芸部の部室を自分達用の部屋として確保した時に、ハルヒに「放課後はあなたも来なさいよ。来ないと死刑だから」と言われた時、彼は「わかった」と答え、心の中で「死刑はいやだからな」と言います。実際に殺されるわきゃねーってのは当然なわけだから、つまりこれは「ハルヒの心の中からいなくなってしまうのは、嫌だ」と受け取ることができるのだと思います。

 あと。第2話の発見ということでいうと、ハルヒがキョンに言った「以前会ったことあった?」という言葉。
 「あ。こんなこと言っていたんだ!」と見直してみて思いました。リアルタイムで見ていた時は全然気にしないでスルーしていましたが。これは、伏線なんでしょうね。現時点では、それがどういう意味かは分からないわけですが。ここらあたりに、「彼女がキョンを選んだ」という一つの根拠があるのかもしれません。

 さて。第2話をそうやって見直したら、今度は第3話も、ということで見直してみました。
 そうしたら、まぁ。
 第3話のアバンも、第2話と一緒でキョンの登校シーンからなんですが、そのカットは重複しています。
 だけど、今度のそれは完全カラー。
 こうやって第2話と第3話とで、同じカットを、モノクロ調とカラーとで使い分けることで、同じ登校でも、キョンの心に大きな違いがあることが見えてきます。
 第3話になると、学校に行くのが、ハルヒに会えるのが楽しくて仕方がない、ということが、アバンで表現されていたのだと思います。
 そうなると、登校中、朝倉涼子に会った時の彼のモノローグ、「あんな女子が同じクラスにいるってのに…」というのは、既に彼も彼で「ハルヒを選んだ」からこそに聞こえます。で、その上でアバンラストの「どうでもいいんだな、俺の意見なんて…」っていう嘆きもプラスさせると、「クラスにはあんな女の子もいるし、こいつはこんな奴なんだけど…でも、俺は、こいつなんだよな」っていうことになるのだと思います。
 だから、部室にも毎日通うし、ホームページも一生懸命作るわけですね。

 こうやって見ているうちに、気になることがあったので、更にざざざっと第5話まで一気に見直してみました。
 気になったのは「呼び方」
 気がつくと、キョンはモノローグでハルヒのことを「ハルヒ」と呼んでいて、周囲や本人には「涼宮」と呼んでいたんですね。孤島症候群とミステリックサインはまだ見直していないので分かりませんが、キョンがハルヒ本人に向かって「ハルヒ」と呼んだところは、5話までは無いようです。
 ってことは。
 やつぁ、心の中でハルヒを下の名前で呼んでいつつ、普段は「涼宮」なんつって他人行儀な呼び方をしているってぇわけでさぁね。

 なんだけど。たまに、本人以外と話していて彼女のことを「ハルヒ」と呼んでいるケースがあります。記憶にあるところでは、有希が宇宙人であることを明かした時、みくるが未来人であることを明かした時、古泉が超能力者であることを明かした時。
 三人はそれぞれハルヒを監視していることをキョンに告げるのですが、ここでキョンは少し冷静さを失うのか、それまでは「涼宮」と呼んでいたのに、「ハルヒは」とか「ハルヒに」とか言います。
 んー…。それ以外のケースでもあるのかもしれませんが。
 現時点でこの印象をまとめると、本人に対しては「ハルヒ」と呼べる程距離を近づけるのは、まだキョンも覚悟が足りないのかもしれない。だけど、本人がいない時に誰かと一対一で話している時、彼は彼女のことを「ハルヒ」と呼んで、無自覚に彼女との心の距離を表現してしまうのかもしれない。親近感とか、自分が一番彼女に近いんだっていう優越感とか(そういえば、モノローグで彼女のことを「ハルヒ」と呼ぶようになったのは、周囲から「涼宮とまともに話ができるのはキョンだけ」と言われてからだったようにも思います)、無意識に「好きな女の子を守ろう」という男の子らしい「騎士的(knight)」な優しさとか。
 このことについては、まだちょっと印象がまとまりませんが。
 でも、無意味に「涼宮」と「ハルヒ」という呼び方を分けているわけはないでしょうから。
 彼がいつ、どこで彼女のことを何と呼んでいるのか、も今後注目して見ていくのも面白いかもしれないですね。

 だいたい、見直してみて発見した点はこういったところです。
 「キョンはハルヒを見た瞬間に恋に落ちた」という発見を、自分なりにしてみて、そこからいろいろ見えてくるように思いました。
 この視点で「孤島症候群」や「ミステリックサイン」も見直すと、またいろいろ発見もあるのかもしれないですね。
 あ。あと、「朝比奈ミクルの冒険」も、ですね。
 今後の展開も楽しみにしつつ、見直していろいろ発見していくことも、楽しんでいきたいですね。

 といったところで、今回はこの辺で終わりにしたいと思います。
 それでは、またです!

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コメント

たった今TVKのハルヒを見終わってブログに感想を書いてきたところです。
このサイトの考察は素晴らしいので、思わずやってきてしまいましたが、またもや見直しでの発見は凄いですね。

実は原作を読んでいると「おお、この細かい部分もアニメで表現されている」と思うだけでスルーされがちな演出なのですが
これをアニメ版だけを見て導き出しているのは素晴らしいと思います。
だんちさんは原作を読まないほうが良いかもしれない(笑)
前にここにも書きましたが、個人的な感想としてはアニメ>>>原作です。
もちろん、人によっては原作の方が100倍楽しいと感じる場合があるので人それぞれですが。

特にアニメの中でハルヒとキョンが生き生きと青春しているさまは見ていて清清しくも楽しい気分にさせてくれますね。
また感想を楽しみにさせてもらいますね。

投稿: だいぢん | 2006年5月23日 (火) 02:54

だいじんさん。コメントありがとうございます^^
僕が感想を書いている間に、こちらの記事にもコメントを下さったんですね。感想の方にもコメントありがとうございます。

>だんちさんは原作を読まないほうが良いかもしれない(笑)

えぇ!!そんなぁっ!!僕にも読ませて下さい(泣)
いやいや(笑)
アニメが終わってからゆっくり原作を読もうと思っています。
やはり、原作あってのアニメですから。原作ならではの魅力が堪能できることを楽しみにしております^^

投稿: だんち | 2006年5月23日 (火) 09:25

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