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2006年7月 4日 (火)

「涼宮ハルヒの憂鬱」第14話(第一期最終回)を見た。

 こんにちは。だんちです。「涼宮ハルヒの憂鬱」テレビアニメシリーズの第一期最終回、第14話を見ましたので、感想を書きたいと思います。
 相当の長文になっておりますので、読んで下さる方は何回かに分けてお読みになると良いかもしれません。

 「第14話の感想書き込み用エントリー」はこちらです。

アニメ未視聴の方にはネタバレになりますので、ご注意下さい。

 アニメシリーズが終了しました。それを見届けたわけですが。
 なんといいますか。
 いろんな思いが渦巻くわけでして、なかなかそれを言葉にするのは難しかったりします。
 でも、印象をあまり整理しないで述べていくことでも、気がつくと何かしらの流れができていたりするので、まず今、心にあることを一つ一つ書いていってみたいと思います。

・終わった気がしない

 まず思ったこととしては「終わった気がしない」ということがあります。
 でも、これは当然のことで、今回は時系列では第6話なわけですから、この後野球の回へと続いていくことを僕は知っています。
 だから、シリーズが終わったとしても、彼らの物語が終わらないことが分かっているわけですね。
 これはやはり、このシリーズそのもののメッセージなのだな、と感じます。
 今回、ハルヒは憂鬱のあまり世界をぶち壊そうと、つまり「終わらせよう」としました。
 それは、「世界を終わらせること」と表現されながら、実際のところは「自分を終わらせること」だったのだと僕には感じられました。

 完全な現実逃避。

 もし、ハルヒがキョンを夢の中に連れ込んでいなければ、彼女はずっと目覚めなかったのではないか。そう思うとゾっとします。
 そういう事象は、あまりにも「現実的」だから。
 眠る、という行為ではあるわけですが、この場合それは「永遠の眠り」を意味するのだと思います。そうならない最後の希望がキョンだったのですね。ハルヒを現実に繋ぎとめる存在。
 今回のシリーズでは語られませんでしたが、どうもこの作品には「死」というものについて、何らかのエピソードがあるような気がします。具体的なものなのか、象徴的なものなのか。分かりませんけれども。その辺は原作を読んでみれば分かることでしょうね。

 つまり、ハルヒの人生は、終わりかけていた。
 あの夢の中の世界、閉鎖空間よりももっと歪なあの世界で、一人充実した笑みを浮かべるハルヒは、それを積極的に受け入れ、喜んでいて、その姿はとても怖いものでした。
 だけど、キョンの存在によって終わらなかった。
 終わらなかったから、続いていく。
 その続いていく彼女の人生を先に見せられているから、今回のシリーズが終わっても、全然終わる気がしない。今回のエピソードがあってそこで終わりではなく、この後も彼女はいろいろな悩みや苦しみ、ジレンマを持ち続けるし、キョンや周囲との関係を少しずつ発展させていきながら、一つ一つ成長していくわけですから。
 僕はそのことを知っているから。

 この「続いていく」という見せ方に、僕はメッセージを感じました。

 それは、思春期の少年少女に対して、真正面から向き合って、「生きろ!」そして「生き続けろ!」と呼びかけるような、そんな力強さを持ったものなのではないでしょうか。

・キョンはシスコン

 それにしても、キョンはやっぱりシスコンだったんですね。
 「ポニーテール萌え」つってるけど、そりゃぁもう、そのまんま「妹が好き」ってことじゃないですか!つぅことは同時にロリコンでもあるわけですね(キョン妹の髪型は厳密には「変則ポニー」ではあるでしょうけど。総じて「あんな感じ」をポニーテールとして定義しておきます)。
 今回、キョン宅でのエピソードが多かったため、妹の出番が多かったわけですが、その可愛らしいことといったら!そしてまた、妹もかなりキョンが好きなわけですね。なかなか起きない兄を甲斐甲斐しく起こしたり、わざと叱られるようなハサミの借り方をしてみたり。
 夏合宿の時はカバンに隠れて無理矢理ついて行こうとしたり。
 こういった見せ方は実はかなり重要だったんだな、とも思います。
 キョンがなかなか恋愛に素直に向き合えない要素の一つなんでしょうね。

 無理矢理な繋げ方をすると、キョンが谷口に「俺は普通の高校生だよな?」と聞くところなんか「シスコンでロリコンなのは、やっぱり普通ではないのだろうか…」という悩みを間接的に打ち明けているかのようにも聞こえてきます。
 元々ハルヒの髪型に注目して、それをきっかけに話し掛けたのも、ポニーテール姿の彼女に妹に似た可愛らしさを感じたからかもしれないですよね。
 キョンは、服装などにそれなりに洗練されたものを感じさせます。人に対しても、それなりの対応ができるし、当たり障りの無さを持っています。
 だけど、その性衝動において、実はものすっごくプリミティブなもの、「一番身近な少女に対して性的興味を持つ」という、荒々しい情念を抱いていたわけですね。

 …この話はどこへ向かっているのだろう?
 えっとね。いや、すげぇ重要なことを話しているつもりなんですよ。

 つまりは、人には言えないような性衝動を持っていることは、実は男子としてはものすごく普遍的なことで、それが女子に向き合う時に、ものすごく自分を臆病にさせてしまうものである、ということです。
 だから、キョンのあの台詞は、照れ隠し的なようでいて、実はずっと自分の中に隠してあった強い強い衝動をハルヒに対して晒した、ものすごく重要な、男らしい、最大限の勇気を振り絞った言葉だったと思うのです。
 そう!
 それだ!
 辿り着いた!!そうなんですよ!「勇気」なんです!!
 前回、ヘタレキョン君はハルヒに対して勇気を持てなかった。本来は望んでいたはずの「ハルヒと二人きり」になっていても、何もできない、何も言えない。臆病者だった。
 しかし、夢の中(しかしキョンにとっては現実の中)でキョンは、あの瞬間、人にはとても見せられないずっと隠していた自分の性衝動を象徴することを、口走ったんですよ。
 その勇気!
 キスをすることそのものは、既にヒントを与えられていたことで、それもまた当然勇気が必要なわけですが。でも僕はその前の彼の台詞にこそ、彼の勇気を感じます。
 あれは、誰からもヒントを与えられていないんですから。
 彼が自問自答してついに出した答えなんですから。

 彼はあの瞬間、自分がシスコンでロリコンであることを無自覚的にではあっても乗り越え、同世代の少女に対する恋心に向き合うことができたのです!
 それは、ハルヒを目にした瞬間から、彼の心の中で葛藤が渦巻きながら辿ってきた、壮絶な男の物語であるとも言えるのかもしれませんね!

 とはいえ。
 それはあくまでも第一歩でしかないでしょうけれども。
 自らの性衝動は当然これからもついて回るものですから、それはハルヒと共に是非頑張って克服していってもらいたいものです。
 …む。
 ハルヒの方が妹に嫉妬して、「私もキョンの妹になる!」とか言い出して「お兄ちゃん」とか呼んでみたり…ってキョン妹「お兄ちゃん」なんて呼んでねぇじゃん!
 しかし、キョンの方から「兄妹プレイをしたい」つってもハルヒはむくれそうだし。というか、キョンがそれを言い出すこと自体難しいかぁ。
 二人の難関はまだまだ続きそうですね。

・髪型のこと

 今回の夢の問題を乗り越えるエピソードを順番に並べると、「髪型に始まり」「髪型に終わる」というような、そういう展開だったわけですね。
 それだけ、「髪型」がハルヒとキョンの気持ちを表現する一つの要素になっていたということなのでしょう。

 ハルヒはキョンに「発見」されるまで、毎日毎日髪型を変えていました。それはもう、まさに「SOS」であるかのように。
 で。髪型のことをキョンに指摘されるや、バッサリ切ってしまいます。
 それは、その時点での「SOS」が、もう必要ないものになったからなのでしょうね。
 ハルヒが髪型にどんな「願掛け」をしていたのかは、よく分かりませんが、彼女なりのこだわりが何かあったのでしょうね。
 そのことが、今回みくるの髪型をずっといじっていたところに表れていたように思います。
 キョンがみくると相当に仲良くしてい(るようにハルヒには見え)て、それに対して何とも言えない複雑な感情を抱いてしまって。それですることは、ずっとみくるの髪型をいじる、ということ。
 あれも、彼女の「SOS」だったのでしょうね。
 自分のではなく、みくるの髪型をいじるところで、「いっそこの子とくっついてしまえばいいじゃない」という、「楽になりたい」気持ちと、でも、自分を発見してくれたような「決定的な髪型」をみくるの髪で見つけることは、どうしてもできないという、葛藤に苛まれていたのかもしれません。
 また、キョンが自分を発見してくれた最初のきっかけに、無意識のうちに逆戻りしていて、そこに何かのヒントを求めていたということもあるかもしれませんね。その意味では、体操着姿で教室にいたりみくるの衣装について話してみたり、バニー姿になったりしたことも、「ヒント」を探していたのでしょうね。キョンの気持ちを知る「ヒント」を。

 でも、それを見つけられなくって、結局ハルヒは現実逃避をしてしまう。
 それは、何もかもを投げ出して、キョンだけを夢の世界に連れ出して、そこで一緒に暮らすという、ものすごく後ろ向きで、「目を瞑って開けようとはしない」というそのあり方は、実はとてつもなく孤独な逃避。
 その逃避の中で彼女は幸せを感じてしまう。
 それは、彼女の人生にとって最悪の事態。

 その最悪の事態を救ったのが「ポニーテール」

 やっと彼女は彼の気持ちを知る「ヒント」を手に入れたわけですね。
 彼の言葉を聞き、キスされた彼女の表情は見えません。
 でも、抵抗していないんですよね。
 はっきりと、彼女は受け入れている。
 そこには「ポニーテール」というヒントを得たからこそ、受け入れられたキスだったのだと思います。

 もしかして、もう二度と目を開けることがなかったかもしれないハルヒは、朝、目を開けたようです。
 目を開け、元の世界、現実での生活を、再び始めたようです。
 そこで彼女は、彼女を現実へと呼び戻したポニーテールに、髪を結んだんですね。
 「悪夢を見た」「休みたかった」なんてなことを言っていたけど、キョンよりもずっと先に教室に来ていた彼女はどんな気分だったのでしょうか。
 窓の外をずっと眺めながら、おそらくは一生懸命可愛く結んだポニーテールが、入り口からすぐ見えるようにして。
 「ポニーテール」なんて、本当に些細なことかもしれない。
 でも、その些細なことが、その人を最悪の事態から救い出すこともあるのかもしれない。
 ハルヒが目を覚ますきっかけは確かにキスだったのかもしれない。でも、「ポニーテール」というヒントを得られたからこそ、目を覚ました後に「起き続けよう」という気持ちになれたのではないでしょうか。

 「ポニーテールにして、彼に会いたい。どんな反応をするか、知りたい」

 というその気持ちは、傍から見たらとても些細なことかもしれないけど、彼女を現実世界に引き止めるに足る、胸躍る「冒険」の喜びなのかもしれません。
 自分を発見して話しかけてくれた男の子の、気持ちを知る冒険の。

・願望実現能力を持っているのはどっち?

 物語の中で、涼宮ハルヒは「願望を実現する能力」を持っている、と語られています。
 しかし、ずっとキョンの視点で語られていくため、「ん?これは本当はキョンにこそ願望実現能力があるんじゃないのか?」という疑問は、多くの人が持つでしょうし、僕もそういう疑問を持たないではありません。
 ただ、キョンにその能力がある場合、それこそまさに「夢の世界」の話になって、途端に面白みのないものになってしまうことを感じます。
 願望実現能力者がハルヒだからこそ、この物語は成り立つと思うんですね。

 ただ、この物語のSF的部分が、「誇張表現」だとするならば、「願いを実現させていく」ことや「その人にとっての世界の中心者は自分である」ことなどは、実はものすごく当たり前のことで誰に対しても当てはまることなのだと思います。
 「願って実現させていく」
 ということは、誰もが持っている能力なのではないでしょうか。
 その意味では、「願望実現能力は」ハルヒもキョンもそれぞれ持っている、という見方もできるのかもしれません。
 今回、夢の中でハルヒとキョンが二人きりになったのは、ハルヒが望んだからなわけですが、それは同時にキョンも望んでいたことなのかもしれないですよね。
 ハルヒと放課後二人きりになっても、ただのヘタレでしかなかったキョン。教室でも部室でも、上手く話すことはできないし、どんどん険悪になっていく。古泉とオセロをしながら「この時間がずっと続けばいいと思っていた」というようなことをモノローグしつつ、その「素直すぎるモノローグ」があまりにキョンらしくないことで、彼の心の中の大きなストレスが感じ取れるように思います。
 本当は、もう一度ハルヒと二人きりになって、話を聞いてあげたり、思っていることを話してあげたり、したいと願っていたのではないでしょうか。
 それが例え、夢の中であったとしても。

 あの巨大閉鎖空間が、ハルヒの心象風景だとして、でもあの場にはキョンもいたわけです。ハルヒが望み、実はキョンもあの場にいることを望んだと見るならば、あの風景は同時にキョンの心象風景でもあるわけですね。

 二人が同時に望んだから、あの空間が出現した。

 僕は、そう見れるように思っています。
 だから、二人であそこを抜け出そうと願わなければ、抜け出せないわけですね。
 実際に抜け出した二人は、現実の世界でも二人きりで過ごすことになります。第二回の野外活動で。
 それもまた、ハルヒが望んだことであり、同時にキョンが望んだことでもあるのでしょう。

 二人の間に恋愛感情があり、その互いの存在がそれぞれの自分の人生を特別に輝かすものであるのなら、「一方だけ」が何かを望んで実現させる、ということでは、意味が無いのだと思います。
 双方向でこそ、恋愛は成り立つわけですから。

 ところでこの「願って実現させる」ということ。今回もう一人の人物がそれを実行しましたね。

 長門有希。

 あの空間が出現して、ハルヒとキョンが現実世界から消えた時のSOS団のリアクションは興味深いものでした。
 古泉はそれまでの彼らしくないくらい、苛立った投げやりな言葉をキョンにぶつけ、諦めを感じさせる態度を取ります。最後の最後になるまで有希のメッセージを伝えようとしなかったのも、彼の「葛藤」があってのことなのかな、と思ったりもします。
 みくるは、古泉の伝言では、謝るだけで何もできず、それもまた諦めの態度のように感じました。

 でも、有希だけはキョンとコンタクトを取って、なんとか現実世界に彼らを呼び戻そうとするわけですね。自身の思いも滲ませながら。
 宇宙人製の人造人間である有希に、自我や人間性が芽生えているのだとしたら(または、それらの要素が「顕在化」しているのだとしたら)。望んでなんとかそれを叶えようと最後までもがいた彼女の様子は、とても人間らしい、象徴的な行動だったのだと思います。

 また、戻ってきたキョンに対して、力強く「自分が守る」という意思を伝えるわけですね。それは、彼女が「願って実現させる」という人間として重要な能力を身につけつつあるということなのかもしれませんね。

 その意味では、「願望実現能力」は、実は登場人物それぞれが持っているもの、と見ることもまた、できるのかもしれませんね。
 それはまた、視聴していた僕ら一人一人にとっても、同じことかもしれません。

・勇気

 まだまだ続きます…。

 さてさて。「願望実現能力」ですが。
 これは、現実の世界で実現させていくためには、勇気が必要なのだと思います。
 それは、今回やっとキョンが見せてくれたように。
 また、ハルヒもそうだったわけですね。
 第一回の野外活動ではキョンと二人になることを勇気が無くって望めなかったけど、朝倉宅に押し掛ける時は二人になれた。それは、ハルヒが懸命に勇気を奮い起こしたからこそ、でしょう。
 ところが、キョンはそのハルヒの勇気に対して応える勇気を持てず、ハルヒを「取り逃がして」しまう。

 勇気の反対は、何なのでしょう。

 おそらくそれは「臆病」。
 現実を生きていくためには「勇気」が絶対に必要。
 だけど、その裏側にある臆病が強くなってくると「現実逃避」に深く深く入り込んでしまう。
 ハルヒは、深い現実逃避に入り込んだわけですが、そこでの笑顔は本当に救いがなくって、そのリアリティに僕は怖さを感じました。
 でも、ハルヒはその現実逃避に一人で入り込むことに対してすら臆病になってしまっていたわけですね。
 そこで連れて来たのが、「キョンだけ」だったことに、彼女の更なる心の闇を見るような気がしてしまいます。

 勇気に話を戻すと、ハルヒが目を覚ましてからポニーテールにするためには、やはり「勇気」が必要だったのだと思います。
 前回、ハルヒの勇気を、キョンの臆病が踏みにじったことが、今回のハルヒの臆病を誘発したのだとしたら。
 今回のキョンの勇気こそが、ハルヒの勇気を奮い立たせたのでしょうね。

 臆病は臆病を生み出す。
 だけど、
 勇気は勇気を生み出す。

 そして、それは常に表裏一体で、だから「現実を勇気を持って生きる」ことと「臆病で現実逃避に逃げ込む」こととは、その人の人生において同時に存在していて、いつでもどっちにでも足を突っ込めるものなのかもしれません。

 彼らが勇気をもってあの空間を脱出してくれたこと、そしてその後も一つずつ勇気を持って互いに向き合っていくこととは、とても爽やかで感動的でした。
 でも。
 臆病からくる現実逃避の救いの無さを、ああやって見せられたことは、やはりとても恐ろしいことでもあるよな、と震えるような気持ちがずっとあります。

 本当に、怖いエピソードだったと思うし、そのエピソードを見せることには、やはり「勇気」が必要だったのではないかな、ということも思います。
 そこが、最初の方で述べた「思春期の少年少女に対して、真正面から向き合って、『生きろ!』そして『生き続けろ!』と呼びかけ」ているように感じる部分なのでしょうね。
 そこは、僕の経験とも重ね合わせてしまうところではあるのですが…。
 原作者の谷川さんには、周囲に自殺をした人が、いたのかもしれないですね。
 どうしても、そんな風に感じてしまいます。

 「勇気」と「臆病」ということについて書きましたが、うっすらと見えてくる「自殺」というものを感じ取ると、そこからさらに「怒り」という感情も、浮かんできますね。
 現実逃避をする心理をかなり乱暴に大雑把に「臆病」と括りましたが、そこには「失望」や「絶望」、そして「怒り」というものがあってこその現実逃避でしょうから…。

 あぁそうか。書いていて分かった。
 僕は今、「自殺」と「臆病」を結ぶことに躊躇しているんだ。
 それがまさに「臆病」なんだ。
 「現実逃避する気持ちも分かるよ…」と、ここで当たり障りの無いことを書こうとしてしまっている。
 なるほど。だから「現実逃避は臆病だ」「一度閉じた瞼を開こうとしないのは逃げているんだ」と見せてくるこの作品に、とてつもない「勇気」を感じるのでしょうね。

・家族

 さて。いい加減相当に長くなってしまいましたので、ここら辺で終わりたいと思います。第10話を見て感じていたことも、書いてしまおうかと思っていたのですが、それは別の機会に改めて書くことにします。

 では、最終回感想の最後は、「家族」について。

 「キョンはシスコンだ」なんつって書きましたが、今回、彼が「家族」と家にいた描写は、やはり重要なんだろうなぁと感じます。
 というのも、ハルヒがあまりにも家族というものを感じさせないから。
 彼女の親はどういう人達なのか?兄弟姉妹はいるのか?
 野球場に連れていってくれたというエピソードで(少なくともその当時は)家族がいることは分かりました。

 でも。

 今回、彼女が夢の中で現実逃避をした時、そこには自分とキョンしかいなかった。
 場所は学校。
 着ている服は制服。

 ということは。彼女にとっての世界は、「学校でキョンといること」でしかない。
 ということなのだと思います。

 そこで彼女は、キョンと二人で世界を作り変えようと、無自覚ながらするわけですが。
 無自覚だからこそ、怖い。

 彼女は、自分の家や家族のことから、逃げようとしている。
 学校でキョンとだけ、暮らしたい、と心の底で願っている。
 前述の「怒り」ということでいうと、そこには「家族に対する怒り」も滲んで見える部分なのかもしれません。
 そう思うと、前回キョンを連れて、目的も当てもなく、「家とは反対方向に歩いていた」ことも、すごく納得がいきます。
 また、夢の中でキョンに対して「あなたも同じだったんじゃないの?」と叫びますが、ハルヒとキョンには決定的な違いがあったように思います。

 それが、家族に対する愛情。

 「ポニーテール萌え」を「シスコン」と繋げて見てみると、冒頭で妹をずっと目で追っているところなんか、とても意味のあるシーンに見えます。
 キョンにとって現実とは「妹がいる世界」であって、それは大きく括ると「家族といる世界」なんですよね。
 キョンはハルヒにキスする前に、友人達やSOS団の面々の名前を挙げますが、妹のことは言ってなかったと思うんですよ。ハルヒは全然納得できなくって、繋いでいた手を離します。
 キョンは自問自答を繰り返した挙句に、ついに「ポニーテール」のことを言うわけです。
 このポニーテールを彼にとっての「家族の象徴」である妹に集約させると、

 「俺は、家族のいるところに帰りたい」

 「俺は、本当は、現実の世界で、お前と家族になることだって、望んでいるんだ」

 というような、そういうほとばしった思いが感じられるように思います。
 キョンが妹と仲良く家で過ごしている様子が描写されていたからこそ、見ていて、彼が「現実に帰りたい」と望むことが、とても自然に受け止められました。
 そう思うと、この回の続きに当たる野球の回で、実際にハルヒに妹を会わせているところなんて、とても素敵なことに思えます。

 「現実」と「虚構」ということを思春期の悩みを象徴させる形で描いた作品だとしたら、そこに「家族」という存在をちゃんと描いていることは、とても現実的なことで、そういったところにもこの物語のメッセージを感じます。

 「サムデイインザレイン」で、二人は通学路を一緒に帰りますが、それは、それぞれの家族の元に帰る姿です。つまりそれは、「現実」を暮らしている、ということになるのでしょうね。

 いつか、

 二人が帰る先が、別々ではなく、同じ所になるのであれば、
 それはつまり、
 そこに彼らの現実の「家庭」がある、ということになります。

 自分達が「家族」になり、そして「家族」を増やしていくこと。

 それを、現実逃避の夢の中でではなく、現実の中で実現していくこと。
 それこそが、彼らのこれからの「冒険」の先にある、更なる「冒険」になっていくのかもしれませんね。

 それには、自分にとって最も身近な現実である「家族」に向き合う勇気がなければ、進んでいけない「冒険」なのかもしれません。

 家族の存在すらも、拒絶し、否定し、消そうとしたハルヒ。

 彼女は物語の中で少しずつ現実を受け入れ成長しています。
 でも、彼女が本当に現実に向き合うためには、まだまだ多くの勇気が必要なのかもしれません。

 そしてその勇気は。
 家族を愛する普通の男の子によって、少しずつ、少しずつ、与えられていくのでしょうね。

・最後に

 この物語が持つメッセージが、これからも、多くの少年少女達に届いていくことを、心から念願する気持ちになります。

 30を過ぎた大人として、この物語を見た僕が思うのは、今思春期だったり、これから思春期になる少年少女達に「こんな人とはいたくない。消えてしまえ」と思われるような、そんな存在には絶対になりたくない、ということです。
 それは、適当に媚びて機嫌を取るとかそういうことではなく、「この人がいる現実で、生きていきたい」と思ってもらえるような、そういう存在になりたい、ということです。
 それはつまり、「大人として未来を作っていく存在」になっていきたい、ということかもしれません。

 たかだかエロ漫画家がそんな存在になれるのかよ、という気持ちを持つことは「臆病」なのでしょう。
 僕には、僕の現実でできることがある。
 それは、僕にとっては勇気を持って進まなければならない「冒険」なのでしょうね。
 きっと。

 多くの刺激と、楽しさと、そして出会いを与えてくれたこの作品に、そして愛すべき彼らを生み出してくれた原作者の谷川流氏に対して、感謝の気持ちでいっぱいです。
 スタッフ、関係者の皆様。楽しい作品をありがとうございました。

 あと。
 最後に一言。

 ハルヒ、キョン。
 SOS団のみんな。
 楽しい時間を、ありがとう。
 また会える時を、楽しみに待っています。

 以上で、「涼宮ハルヒの憂鬱」テレビシリーズの感想を終わります。
 長い文章を読んで下さって、本当にありがとうございます。また大変お疲れ様でした。
 誤字脱字、意味の通らない文章などは発見次第修正していきます。乱文乱筆、失礼いたしました。

 この作品に関して、まだ語りたいこともありますし、これから原作を読んで何か感じたことを書く機会もあるかと思います。
 その際はまた、これに懲りずにお読みいただけると嬉しいです。どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。

 それでは、またです!

 「『涼宮ハルヒの憂鬱』第14話(第一期最終回)を見た。」了

 参照:「なぜアニメの感想を書くのか。どういったスタンスで書くのか。」
    :「物語作りの基礎。普遍的土台と誇張表現の調和により生まれる適度な感情移入…学習機会レポート」

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