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2006年7月17日 (月)

「ゼロの使い魔」第2話を見た。

 おはようございます。だんちです。「ゼロの使い魔」第2話をMXテレビにて見ましたので感想を書きたいと思います。
 もう第3話も放映されていて、TVKでも見れるのですが、スクラン二学期とかぶっているので、火曜日にMXテレビで見ています。

 この作品の原作はライトノベルということのようですね。未読ですし、事前に特に気にしていなかったのですが、でも、スタッフ名を何の気なしに確認してみると、そこに「シリーズ構成・脚本 吉岡たかを 」とあるじゃないですか!!
 吉岡さんの名前を知ったのは最近で、「吉永さん家のガーゴイル」のシリーズ構成、脚本を担当されていた時に名前を覚えました。「吉永さん~」は斎藤千和さん目当てで見始めたのですが、一本一本の脚本の構成力、分かりやすさ、内容にかなり驚きました。「この吉岡さんって人は只者じゃねぇ!」と一気にファンになったわけですが、その吉岡さんが担当するならこれは面白くなるのは間違いない、と第1話から楽しく視聴しております。

 見てみると、やはり「さすが吉岡脚本」というクオリティで、とても見やすく、分かりやすいものになっていると思います。世界観もキャラクターもすっきりと見せてくれていて、なおかつ楽しませるエピソードをテンポ良く配置してくれていて、確かな腕を感じます。

 これはもう、視聴するだけでも楽しいですが、物語作りやエピソード作りでも大いに勉強になるように感じますので、学習対象としていろいろと掘り下げられたらいいなぁと思っています。

 とりあえず、今回は1点。感じたことをざくっと。
 それは「ゼロ」というテーマについて。

 これは勿論、原作者の方の意図ということになってくるのでしょうけど。
 「ゼロ」というのは、素晴らしいテーマだなぁと感じます。
 ルイズが魔法使いなのにその能力を発揮できないことから「ゼロのルイズ」と呼ばれ落ちこぼれとして嘲笑されていることは、自分の力では何も得ていないまさに「ゼロ」の状態。
 才人が、まったくの異世界に召還されてしまったことも、まさに「ゼロ」の状態。
 その「何も得ていない」という「ゼロ」の状態というのが、この物語のテーマに繋がることなんだろうなぁと感じます。
 「ゼロ」であることを出発点に、様々な何かを得ていく、そういう物語になるのでしょうね。
 その何かを得るために必要なものは何なのか。「ゼロ」から様々なものを積み重ねていくために必要なものは何なのか。
 登場人物達は、それを知り力を尽くしていくことになるのでしょう。

 それは、シンプルながらも非常に爽やかなメッセージを感じさせるテーマであるように思います。

 その意味では、この第2話では、才人がルイズの信頼や周囲の興味、敬意などを少し得たエピソードでありつつも、ギーシュが「ゼロ」になるエピソードでもありましたね。
 ギーシュは貴族としての誇りを傷つけられ屈辱にまみれ、女の子を怒らせて二股は失敗。それまで彼にとって「あったはず」のものは消えて、「ゼロ」になったのだと思います。
 それを見て、「なるほど。こういう見せ方をしていくんだな」と思いました。
 おそらく、ギーシュはこの「ゼロ」の状態から彼なりに奮起して、自分の手で何かを得たり、取り戻したりしていくのでしょうね。
 また、才人に惹かれる様々な人物達も、様々な形でそれまでの何かを失い、「ゼロ」になり、そこから何かを得ていく、そういう描写がされていくのかもしれませんね。
 そこで重要になるのが、「ゼロ」という、ある種虚しい状態から、何をもって立ち上がっていくのか、というところなのでしょうね。

 才人は、誰もが勝てないと思うギーシュとの喧嘩に、「男の意地」と「ここで生きていく背水の決意」とで立ち向かい、それによって様々なものを得ました。
 それは、思えば第1話でルイズが屈辱や自分への不信を振り払い、懸命に使い魔を召還した様子とも重なるようにも思えます(最初からこういう視点で見ていなかったので、第1話も第2話もちょっと見直した方がいいかもしれませんね…)。 

 今回「ゼロ」になったギーシュが、何をもって立ち上がっていくのか。
 その部分も、ルイズや才人の描写共々、とても興味があるところです。

 「ゼロ」ということで言うと、「リセット」という言葉もイメージとして浮かびます。それまであったものが何も無い状態にされてしまうこと。
 テレビゲームが発達する中で、若い子達が「リセット世代」なんて言われたりもするわけですが。それは何かを積み重ねていくことができない、我慢ができない、という意味合いで使われる言葉なんだと思います。
 でも、そうやって若い子達を断定的に見て突き放していくこともまた、ある種の「リセット」だよなぁなんてなことを思ったりします。
 「リセット」が安易なことだと思うのなら、「本当にゼロになるっていうのは、どういうことなのか。そこからまた何かを積み重ねていくときに必要なものは何なのか。分かるかい?」と、ちゃんと伝えていくことが、必要なんではないだろうか、と思います。

 つまり「リセットは魔法でもなんでもないよ」ということですね。

 「ゼロ」ということにテーマやメッセージがあるのだと見た場合、この物語は、そういったことをそもそものメッセージとして持っているように感じます。

 それを、魔法の世界で描くというのは、とても面白いことですし、物語を見せる者としての、とても大人な優しい目線を感じるところでもあります。

 ルイズと才人の恋愛という部分でも、どうやってお互いの気持ちを近づけあっていくのかも注目ですよね。まさに恋愛も、ゼロからスタートするものなわけですからね。

 シリーズ全体を通して、シンプルで優しい、そして力強いメッセージを受け取ることになりそうな気がします。
 今後も楽しみです!

 いやしかし…。
 学習メモとしてちょっとつぶやきを蛇足で書きますが。
 やっぱり「ゼロ」っていう言葉を思いついたのは、すごいことですよね。そこから一気にテーマが生きてきて物語が意味を持って動き出す感じがします。ゼロという状態から何かを積み重ねていくという物語性とその普遍性。うーん…素晴らしい。
 やはり、物語は普遍性が基礎となりますよね。
 その普遍性を「物語り人(ものがたりびと)」として発想していくためには、どうしたらよいのか。
 それは、きっと「考え続ける」しか無いのでしょうね。
 発想のきっかけはちょっとしたことであっても、そこからひたすら考え続ける。

 現実の世界を生きながら、ずっと違う世界のことを考え続ける。
 考えることを止めてしまうと、そこでもう一つの世界は死んでしまう、ということなのでしょうね。

 そうなると、何をどう考えるのか、どう考え続けるのか、考え続けるためには何が必要なのか、なども学びたくなりますね。
 どこかでまたレポートとしてまとめたいけど、今はまだ、何もまとまりそうにないですね。
 それこそ、考え続けてみたいと思います。

 ではでは、またです!

 参照:「なぜアニメの感想を書くのか。どういったスタンスで書くのか。」
    :「物語作りの基礎。普遍的土台と誇張表現の調和により生まれる適度な感情移入…学習機会レポート」

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コメント

ゼロの使い魔はMFJ文庫のシリーズですね~。
同じMFJ文庫では神様家族というタイトルが一番大好きなのですが、このアニメはスカパーで放送( ;∀;)
角川スニーカー文庫(ハルヒ)と富士見ファンタジア文庫(スレイヤーズ)がラノベの2大巨頭なんて言われますが
個人的にはあっさりどたばた系の多いMFJ文庫は気にいっています。
吉永さんちは電撃文庫だったかな。

最近はライトノベル原作のアニメが増えてきていますね。

投稿: だいぢん | 2006年7月20日 (木) 06:24

だいぢんさん。こんばんは。いつもお世話になっております^^
ライトノベルのことは全然詳しくないので、教えて下さってありがとうございます。
レーベルによっていろいろと特徴があるのでしょうね。

≫最近はライトノベル原作のアニメが増えてきていますね。

そうなんですよねー。原作は知らなくともアニメ化されたものを見てみると面白かったりするので、それだけライトノベルにいい作品があるんだろうと思います。
漫画家としてはちょっと寂しい限りというか。
才能はやっぱり集まるところに集まるんだよなぁって。

勿論、アニメが営業の問題でやたらと多い本数を作るためにライトノベルを「漁っている」状況もあるんでしょうけれども。

何はともあれ、ライトノベル、アニメ、漫画、それぞれがこれからも、もっともっと面白くなっていくといいなぁと思います^^

投稿: だんち | 2006年7月22日 (土) 02:19

だんちさん、こんにちは。

『ゼロの使い魔』ですか。これは、僕も好きな作品ですよ。ただし原作の方ですが。

ファンタジーものなのに、貴族や平民といったヒエラルキー。魔法が使える貴族は平民を見下し、魔法が使えない平民は貴族を妬む情勢。貴族にも千差万別あって、裕福なものとそうでないものがいる階級差。いくつもの国が集まったハルケギニアの国々の政治的な情勢。それぞれの国にあるルールと国色。一枚岩ではない政治的組織や、権力者たちの腐敗。人間以外の種族の存在と、彼らの独特の文化による社会構造など設定が細かいですよね。

ただ、あれだけ素晴らしい作品をアニメするなら、1クールごとでなくもう少し話を長くして欲しかったところがあります。

女の子たちが才人に惚れていく過程についても、時間をかけて描いた方が、話に納得性が出るのでそうして欲しかったです。僕たちだって、いくら相手が美人でもそれだけで惚れるなんて事は、絶対に有り得ませんから。話のクール上、そういう部分をはしょらないと纏まらないのは分かりますが…。

それと、だんちさんが好きなアニメ脚本家は、その吉岡たかをさんという方なのですか。僕が好きなアニメ脚本家は、2007年に亡くなられた星山博之さんという方です。星山さんは、本当に数多くの名作アニメでシリーズ構成を担当された大御所でしたから。

最後にだんちさんは、この『ゼロの使い魔』という作品のどのような部分に魅力を感じられたのですか?

投稿: ダッシュ野郎 | 2012年3月22日 (木) 17:35

>ダッシュ野郎さん、こんにちは。
古い記事も読んで下さってありがとうございます^^

「ゼロの使い魔」は、原作含めて自分の好みとはズレを感じて、最終的には見なくなりました。
なので、現在は感想も特にない、という感じです。

好きな脚本家の方は何人もいます。
いい作品に出会うと脚本がどなたなのか確認してしまいます。
名前を知らない方でもいい仕事されてる方もいっぱいいらっしゃるでしょうし、これからもいろんな方の活躍を目にしたいものですね。

投稿: だんち | 2012年3月26日 (月) 11:14

そうですか。途中から見なくなったのですか。それは残念です。

いや、確かに僕も『ゼロの使い魔』は、昔から読んでますが、実は『ゼロの使い魔』関連のネット上にある、あるホームページのネット小説にハマってるわけなのです。

第1話でルイズが、召喚儀式の時に召喚したのが、才人じゃなく他作品のキャラクターだというif小説の投稿場所ともいえる『あの作品のキャラがルイズに召喚されました』というページなのですが、だんちさんはこれをご存知ですか?

投稿: ダッシュ野郎 | 2012年4月 8日 (日) 09:42

>ダッシュ野郎さん、こんばんは^^

≫だんちさんはこれをご存知ですか?

いいえ。
僕はそういった「ifもの」は興味ありませんし見ませんけど、楽しんでらっしゃるようで何よりです^^

投稿: だんち | 2012年4月25日 (水) 00:39

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ツンデレキターーーーーーwww>挨拶?!w ルイズ様ッ!! サービス良すぎじゃないですかッ?! 毎回、毎回、透けおぱんつ&キャミソール姿でッッ!! まったくもーー!!(嬉しそう) OK、欲情した事を、確認したッ!!>どこを見ているw 「オトコ? アンタはただの使い魔でしょうが?」 脱ぎ捨てられるキャミソールッッ!! 投げつけられる脱ぎたて(超重要)おぱんつッッ!! ああッ!! もうッ!! 俺様を萌え殺す気ですか? ツンデレ死ぬッ!!(変死) ルイズ様の、... [続きを読む]

受信: 2006年7月18日 (火) 07:24

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