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2006年7月 5日 (水)

「ARIA The NATURAL」第14話を見た。

 こんにちは。だんちです。テレビ東京にて「ARIA The NATURAL」第14話を見ましたので、感想を書きたいと思います。
 それにしても…良かった…。
 もう、最初っからツボに入ってしまって、ずっと涙ぐみながら見てしまいました。というか最後はもうだーだー泣いてしまいました…。

 今回の脚本は「ARIA」の世界観を、練り込まれたエピソード展開と吹っ切れた台詞ワークで見事に表現する岡田麿里さんでしたね。素晴らしい脚本でした。
 また、シリーズ構成をされている佐藤順一監督の構成力にも、改めて唸らされました。というのも、今回のお話は岡田さんが脚本した第9話があったからこそ成り立つものだと思ったんですね。
 第9話の灯里は「匂い」のことにはまだまだ気づけなかったのですが、今回はグランマがトウキビを茹でている時に、その匂いと匂いの良さに気づきます。「いい匂い~」って。また、アリシアもその匂いに気づいて、しかも「夏の香り」と言って、灯里よりも匂いに関してより深い感じ方をしている先輩らしいところを見せてくれます。
 この、ちょっとした「匂い」のエピソードがあることで、僕はすぐに第9話を思い出しました。
 あの回での重要な台詞と一緒に。

 「心にほんのり暖かな小さな炎を灯し続けたら、こっそり隠れている素敵が見えてくる」

 という台詞ですね。
 しかもこの台詞にあることは、元はグランマがアリシアに教えたものだったわけですから、今回改めてああいう形でグランマが再登場したのも、この台詞を視聴者に思い出させるためだったように思います。
 そこで、弟子も孫弟子も、トウキビを見なくてもすぐ匂いに気づくという、「素敵センサー」をちゃんと成長させている姿をグランマが目の当たりにするというのは、なんとも味わいのある見せ方だと思いました。

 で。灯里はグランマからも彩色パリーナ(で、いいのかな?)を作ることを託されるわけですが、ちゃんと「いい匂い」にすぐ気づけた灯里にはその資格がある、ということなのでしょうね。グランマもアリシアも「んー。この子にはちょっとまだ無理ね」と思ったら託したりはしないでしょうから。
 勿論、直接話すことで「灯里ちゃんなら」ということがあるわけでしょうけど、でも「匂い」のちょっとしたエピソードがあることで、見ているこっちにも「灯里なら」と伝わってくるのだと思います。
 そして灯里は「ARIAカンパニーともっとおしゃべりします」と言って、練習を休んでずっとARIAカンパニーにいて、何かを感じ取ろうとするんですね。
 それはまさに「心にほんのり暖かな小さな炎を灯し続けて」いる姿そのものだったように思います。

 それを見ながら、「うん。そうだよな。灯里はグランマから伝わる大事な教えをアリシアに教わり、そしてそれを実行しているんだな。成長しているんだな」と感じました。
 そしてまた、そのことは、彼女がパリーナを完成させる重要な要素になるわけですね。
 会ったことのない、かつての先輩のデザイン画を元に、積み重ねられてきた歴史や、そこにいた人達のことを感じ、自分がその時思う「ARIAカンパニー」を思い浮かべて、表現する。
 それは、グランマからアリシアへ、アリシアから灯里へと受け継がれていく伝統や社風、技術や精神があってこそで。その「受け継がれた伝統」が、「心にほんのり暖かな小さな炎を灯し続ける」ということなわけですね。

 だから、灯里はパリーナを完成させることができた。

 そういうことなのだと思います。

 この、物語の見せ方には、もう…なんというか。なんて言っていいのか。本当にすごいことだと思います。
 目の前に、「成長した一人の人間がいる」という、その物語性。

 しかも、その彼女がしたことは、ずっと残っていく会社の看板となる「パリーナ」

 それは、かつて彼女が涙した夜光鈴の結晶のように、彼女がいずれそこを去っていったとしても、いつまでも残っていく、まさに「その時の彼女の結晶」そのものであるかのように、僕らの目の前に出現するわけですね。

 パリーナは、水無灯里が、その時、そこで生きていた、証そのもの。

 それを彼女は残したことに、アリシアとアリア社長と共に、そのことの大きな意味に気づき、「すごい!すごすぎです!!」と感動します。

 それは、彼女が冒頭で「独り占め」にしていたネオ・ヴェネツィアそのものなんだと思います。
 数々のパリーナがあり、橋があり、家があり。
 地図でもそれが一つ一つ確認できる。
 地図のことで言うならば、そこに描かれている一つ一つは、それを生み出した人達が、そこで生きてきた、又は生きている証そのもの。

 アリアカンパニーも当然、地図に載っているでしょう。
 その地図には描かれていなくとも、アリアカンパニーは灯里が生み出したパリーナと共に存在していくことになる。

 それはつまり、どういうことかというと。

 灯里は、
 ネオ・ヴェネツィアの一部になった。

 ということなのだと思います。
 大好きなその街に、自分が生きた証を残した。
 これからの街の歴史に、そっと小さな結晶のように、いつまでもそこに存在し続ける、パリーナを生み出すことによって。

 マンホームを飛び出し、言うなれば余所者としてアクアに来た灯里。
 彼女にとって、そこは理想郷だったかもしれない。
 ウンディーネを目指しながら、もしかしたら、ずっと「観光者」であったのかもしれない。
 そしてまた、それは、彼女が半人前であることの理由の一つだったのかもしれない。
 ヴェネツィアンガラスが偽物である、という論調を当てはめるならば、灯里は「アクア人」としては「偽物」だったのかもしれない。
 でも、彼女はネオ・ヴェネツィアの一部になれた。
 グランマ、アリシア、そして会ったことの無い先輩に、その資格を認められて。

 彼女は「本物」になれた。

 これは、彼女が「プリマ」になるためには、絶対に通らなければならない、とても重要な出来事だったのかもしれませんね。

 確かに、今僕には、彼女は、「マンホームから来たウンディーネを目指す女の子」ではなく「アクアに住むウンディーネ」に見えています。

 あぁ…なるほど。「ボッコロの日」を灯里が既に知っていた構成になっていたのも、今になって納得です。意図的に「マンホーム出身」という部分を弱めていたんですね。そうなってくると、郵便屋のおっちゃんが言っていた「じょうちゃんもネオ・ヴェネツィア色に染まった」ということも、構成上の伏線だったわけですね。ここではまだ、「マンホームから来たお嬢ちゃんが、街に馴染んだ」という段階だったのですね。

 そうか…そういうことだったんだ。
 ようやく、このシリーズのメッセージの大きな姿が見えてきたような気がします。
 それは「変化」ということに対してのものなのでしょうね。
 今それを「こいうことだ」と言葉にまとめるのはちょっと難しいですが。
 いやでも、そうかぁ…。
 「NATURAL」第1話を見た時は、正直何を見せようとしてきているのかが、見えないなぁと思うところがあったんです。「自分の気持ち次第で、今いるところがアクア(理想の場所)になるよ」というような、そういう安易なメッセージを投げかけてくるようには思えないし、いったい何だろう?とずっと疑問に思っていたんです。
 でも、やっと少し見えてきたように思います。
 第一期では「理想の場所」であるアクアやネオ・ヴェネツィアの様子を見ながら、僕らは「癒し」の精神観光旅行をしていたように思います。
 でも、第二期では、その「理想の場所」で、「観光者」から「そこで生きる者」へと変化していく、つまり「本物」になっていく、そういう見せられ方をしているのかもしれません。
 それがどういうことかは、まだこれからもあることなので、ちょっと分かりませんし、語りきれることではないでしょうけれども。

 ともかく、これから、灯里がどう変化していくのか。あそこで、どう生きていくのか。そしてまた、あそこで生きる藍華やアリスがどういう姿を見せてくれるのか。
 それは、とても大きなメッセージを持つものになるように思います。

 とはいえ。再びネオ・ヴェネツィアンガラスのことを引き合いに出すならば、灯里が言うように「嘘ものは無い」ということも、確かでしょう。
 その時その時が本物。でも、その本物のあり方が変化していく。だからこそ「その時の…」ということになるのだと思います。
 そして、そのことは、アイちゃんが最後に言うわけですね。
 「メールを読み返せば、その時の灯里さんに会える」
 と。
 それは、灯里が既にアイちゃんに、またアイちゃんを通して僕ら視聴者に、「小さな結晶」を残し続けていた、ということだと思うのです。

 だから、灯里はアクア人としては、偽物だったのかもしれないし、本物になっていく過程を歩んでいたのかもしれないけど、そこで生きる灯里そのものは、ずっと本物だった、と言えるのでしょうね。

 だからこそ、今生きているその場所で、本当に本物になっていける。

 そういうことなのかもしれません。
 
 
 
 このシリーズ…やっぱりすげぇ…
 佐藤順一監督自らがシリーズ構成をするだけのことはありますね…。
 一回一回の話にもメッセージが込められつつ、シリーズ全体にも大きなメッセージを持たせているように感じます。

 でも、もしかして。
 これが、本当は「物語」のあるべき姿なのかもしれない、とも思う気持ちも、やはりあります。
 何かを伝えたいから、物語を作る。
 それが、実は「自然な」姿であるのなら、そこから何かを受け取ることもまた、自然なことなのかもしれませんね。
 そしてまた、「物語り人」がどういうものであるのか、を教えてくれる作品であるのかもしれません。

 この物語から学ぶことは、沢山あるように思います。

 気がつくと…
 なんだかもう、途中からえらく興奮してしまって、センチメンタルと興奮とが入り混じって、わけの分からないことになってしまっていますね…。
 果たして自分で読み返しても分かるものになっているのかどうか…。

 何はともあれ、次回も楽しみです!
 ではではまたです!

 参照:「なぜアニメの感想を書くのか。どういったスタンスで書くのか。」
    :「物語作りの基礎。普遍的土台と誇張表現の調和により生まれる適度な感情移入…学習機会レポート」
    :「『音響監督佐藤順一』の手法に注目してみる」

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ARIA The NATURAL 第14話、「その いちばん新しい想い出に…」。 灯里がアリアカンパニーの彩色パリーナを作るお話でした。 [続きを読む]

受信: 2006年7月 6日 (木) 19:58

» ARIA The NATURAL 第14話「その いちばん新しい想い出に・・・」 [AGAS〜アーガス〜]
[[attached(1,left)]]朝早く目覚めた灯里、アリア社長を誘って外へ。 家や会社の看板の役目となってる彩色パリーナを目にすると アリアカンパニーには彩色パリーナが無い事に気付く、そこで アリシアさんに相談し、ARIAカンパニーのパリーナを作る事となった。 グランマの助言や先輩が残した案を元に、灯里はパリーナを製作。 完成したパリーナを見て、感動する灯里とアリシアさんだった。 脚本:岡田麿里 絵コンテ:竹下健一/佐藤順一 演出:唐戸光博/室谷靖 ||#F..... [続きを読む]

受信: 2006年7月 8日 (土) 05:00

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