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2006年9月21日 (木)

「ARIA The NATURAL」第25話を見た。

 こんばんは。だんちです。「ARIA The NATURAL」第25話を見ましたので、感想を書きたいと思います。

 今回、レデントーレのお話でしたが、この話を持ってくるとは、上手いですね!
 今期のテーマである「出会い」が集約されていて、後輩三人がその「出会いの結晶」を皆に授けた存在として感謝されるところなど、とても爽やかな感動がありました。
 アリシアも上手いこと言いますね。しかも、グランマが三人を引き寄せたことが合図になっていたのか。みんなでああやって三人に感謝することは打ち合わせていたんでしょうかね。

 それにしても、素晴らしいことですね。
 自分の後輩に、「出会いをありがとう」と素直に感謝の心を伝える。
 そして、その感謝のためには、描き方としてあの集まりにアイちゃんを駆けつけさせなければいけなかったのだと思いますし、そこに意図を感じます。

 アイちゃんが参加しないと、出会いのピースが欠けたままになるんですよね。
 それは、全ての年代が揃う、ということなんですよね。
 年代をそれぞれ象徴的に見ていくと、グランマや郵便屋さんは過去の象徴。青年男女は現在の象徴。
 そして、アイちゃんは未来の象徴。
 この作品のシリーズ構成から感じる意図を思うと、そんな風に受け取れるのだと思います。

 だから、アイちゃんがあの集まりに合流しないと、それは決定的に欠けたものになってしまっていたのでしょうね。

 しばらく連絡不通のアイちゃんが、来るのか来ないのか分からない状況を描いて、屋形船が出かかったところで間に合うわけですが。
 そこには、未来は信じて迎えるもの、というような、そんなメッセージを感じます。
 ちょっとしたことで、繋がりを失いそうになったり、置き去りにしそうになったり。
 でも、未来はちゃんと現在を求めていつでも繋がろうとしているのかもしれない。
 だから、アイちゃんが「灯里さんと出会えて良かった」と言うところにまた、とてもグっと来るものを感じます。

 灯里も、アリシア達先輩に未来を見て、そのまた更に未来は、グランマや郵便屋のおっちゃんが見せてくれる。
 そんな灯里を見て、アイちゃんは自身の未来を見る。
 過去も現在も、全て未来に繋がっている。
 それが、それぞれの年代が出会うことによって表現される。

 雄大に静かにさざめく海の上で、未来に向かって現在を生きる少女と、未来に向かってこれからを生きようとする少女が語り合うわけですが。
 その綺麗な海、空、空気や熱、それら全ては人が作り出したものである、ということがまた重要なのだと感じます。
 元々そこにあった自然ではなく、自然たろうと努力と奇跡とで生み出し育んできた環境。
 ネオ・ヴェネツィアのモデルになっているヴェネツィアは、いつか沈んでしまう街。作品の時間では既に沈んでなくなってしまった街になっています。
 作品の設定では、マンホーム(地球)は高度に機械化されているということですが、海水浴もできない環境のようですし、ヴェネツィアも沈んでしまっている。それは、滅んでいく姿だと受け取ることもできるのかもしれません。
 でも、滅んでいくならば、また作り上げていけばいい。
 それが、ネオ・ヴェネツィアン・ガラスのエピソードのように「嘘もの」と言われるようなものであったとしても、作り上げ、そこで未来に向かって生きていく人々は嘘ものでもなんでもなく、本物なわけですね。

 滅びることや死ぬことを受け止め、現在を生き、そして未来に繋げていく。

 作り上げられた環境の中での人々の様子をもって、人間があるべき自然な姿を描いていることに、途方も無い意味性とメッセージを感じないではおれません。

 「あるべき姿」、つまり「NATURAL」であるということを描くその意味を見ていくと、そういうメッセージを発していく必然が、今この時代、この環境にあるのだ、と強く感じます。
 また、だからこそ、そのメッセージをはっきりと感じるということでもあるのでしょうね。

 やっぱり、おかしなことなんだと思いますよ。
 最近目立って報道されている飲酒運転のこととか含めて。大人が未来を築いていこうとしないというのは。
 僕なんかは、団塊ジュニア世代ってことなんでしょうけど、自分らの親の世代も、自分なんかの世代も、世のため人のため、なんて考えは基本的に持っていなくって、ましてや自分達が死んだ先の未来に何を残すのかなんて、ろくに考えていなくって。
 なんというか、生き方がちっちゃすぎるよな、と思いますよ。
 自分達が生きている世の中で、酒に酔って車を運転して事故を起こして、幼い命を奪ってしまうという事件が起きて。それをニュースやら新聞やらで知っているのに、「俺は関係ない」とばかりに平気で飲酒運転をしてバカスカ検挙されてみたり。いい年した大人がさ。
 昨今、少年犯罪の増加やら凶悪化やらがいろいろ言われているように思うんだけど、どうも僕は何か違うんじゃねぇかなって思うんですよ。
 少年犯罪が増えるも何も、そもそも大人が犯罪やりまくってるんじゃねぇのかよ。って。だったら子供だってやるって。
 大人の現在が未来になるんだよ。
 大人がやっていることを、子供がするんだよ。
 少年犯罪の増加、凶悪化なんていうのは、大人がやっていることが表面化しているだけで、それが大人が作った「未来」の姿なんだっていうことなんだよ。

 過去から現在が繋がり、そして未来を生む。

 その姿が、今現在の僕らの環境やら社会やらに表れていることなんだと思います。
 だからこそ、今回のレデントーレの集まりに、僕はとても意味を感じます。
 青年達に尊敬される生き方をしてきた老人がいて。
 今現在を一生懸命生きる青年達がいて。
 そして、これからを生きる子供がいる。
 アイちゃんは、最初アクアなんかは嫌いで、灯里にも心を開いていなくって。
 だけど、灯里を好きになってアクアを好きになって、そして自分の未来に夢を持つようになって。
 言うわけですよ。

 「灯里さんに会えて良かった」

 って。
 それはつまり、会えなかったら、未来を見つけることができなかったっていうことなんだと思います。
 じゃあ、僕らはどうなのか?
 子供や少年少女、若い人達から「あなたに会えて良かった」と思えるような、そんな人物たりえているのか?
 未来を与えるような、そんな生き方をしているのか?

 本当なら。

 生きているなら、必ず死ぬ。
 そして死んだ後も、人の世は続いていく。
 ならば、その続いていく未来に繋がる現在を、未来を守る現在を、相応の生き方をもって生きることが、人間として自然なことなのではないだろうか、と思います。

 「ARIA」のアニメシリーズを見ていて、第一期からずっと「社会派」だと思っていたのは、つまりは、そういうことを感じていたからです。

 「自分達の今の生き方は、何かおかしくないか?」

 そういう疑問を、綿に針を隠すがごとく、作品の根底に篭めて提示しているように、思えるんです。
 そしてまた、その疑問に対する答えが「NATURAL」ということなんだろうとも思います。

 大人として、あるべき姿であること。
 仕事に臨むべき姿勢で臨むこと。
 受け入れるべきことを受け入れる。
 感謝すべきことを素直に感謝する。
 大切にするべきことを大切にする。

 その、「あるべき姿」こそが、自然と未来を築き上げていく。
 だからこそ、今期、ことさらにドラマチックな演出や構成をすることなく、灯里という少女の成長ドキュメントのような構成にしたのだと思えます。
 それを見る視聴者一人一人にも、その人にとってのドキュメントである人生が存在することから、灯里の「ドキュメント」を見ることで、自分のドキュメントと比較することができるわけですね。
 そこで、一人一人が何かに気づくのだと思います。
 そこに、メッセージがあるんだろう、と感じます。

 僕は、未来を作っていく大人でありたい、とそう思いました。
 自分が死んでいなくなっても、この世の中が良い世界であって欲しい。
 そう思って、生きること。
 そのことで、大きな奇跡を起こすことは、僕にはできないでしょうけど。
 でも、小さな奇跡なら、あるいは起こすことができるかもしれない。
 それがどんなものかは、分からないけれども。

 おそらくは。
 大人として、男として、人間として。
 本来あるべき生き方をしていくならば、自然と未来に対して、小さな貢献をしていくのではないか。
 というように思います。
 まぁ、人間だから。悪いことやろくでもないこともするだろうけどさ。
 でも、未来を損なうようなことは、したくないよね。
 その未来は勿論、自分だけのことではなくって。

 いよいよ、来週最終回ですね。
 この作品に篭められたメッセージが極まるお話になるのでしょうね。とても楽しみです。
 そしてまた、自分も含めて見る人がそこからどんなメッセージを受け取っていくのか。一人一人、受け取り方はいろいろ違うでしょうけど、でも、視聴する皆で何かを感じ取りたいものですよね。
 その受け取ったものが、さらに未来まで続いていくならば。

 素敵なことですよね。

 なんつってね。
 まとまらない上に長くなってすいません。

 あと一回。
 どんな最終回になるのか、楽しみですね!!
 ではでは、またです!

 参照:「なぜアニメの感想を書くのか。どういったスタンスで書くのか。」
    :「物語り人(ものがたりびと)」であること。…学習機会レポート2
    :「物語作りの基礎。普遍的土台と誇張表現の調和により生まれる適度な感情移入…学習機会レポート」  
    :「『音響監督佐藤順一』の手法に注目してみる」

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コメント

はじめまして、突然の書き込み失礼いたします

ただ今、アニメ調査室(仮)というブログにて
光希桃 Anime Stationで行われていた
アニメ感想率調査をまねたアンケートをしています
現在は2006夏期(7月)終了アニメについて調査中です

関心がございましたら、参加をご検討ください

投稿: アニメ調査室(仮)管理人 | 2006年9月23日 (土) 12:38

この作品は他のアニメと比較すると色使いが淡いですね。
それに見合って作品の雰囲気が落ち着いている感じがします。
特別に意表を付くような展開もなく、大きなアクションもなく、
喧騒もない、ゆったりとした時間の流れの中で広がっていく
暖かな人と人との交流・・・。

前回は人間の負の部分を知ることにより、もっと強くなることを
灯里たちは学びました。
今回彼女たちは祭りの日に知人・友人たちを招待する役目を
担うことになりましたね。
慣れないながらも料理や飾りつけなど準備に一生懸命取り組み
見事に大役を果たします。
そして会の終わりにアリシアが言った
「ここにいる私たちは3人が居なければ巡り会えなかったかも
しれない素敵な出会いの結晶です」
それを聞いた灯里たち3人ははにかみながらも笑みをうかべます。
その笑顔は決して無理のない、心の中から自然と出た素直で素敵な
笑顔ですね。
そしてこの出会いの結晶は灯里たちの直向きさが生んだのでしょう。

アリシアが言った”出会いの結晶”
「出会い」それは楽しい、嬉しい出会いもあるかもしれません。
あるいは逆に悲しい出会いもあると思います。
いずれにせよそれらは小さな出会いの結晶ですが、とても大事なもの。
彼女たちがこれからたくさんの出会の結晶をつくっていき
ただ人を運ぶだけの水先案内人ではなく、一人前の水先案内人である
プリマ・ウンディーネになっていってほしいです。

投稿: フレア | 2006年9月23日 (土) 18:28

>アニメ調査室(仮)管理人さん。初めまして。こんにちは。
アニメ感想アンケートのお誘いありがとうございます。
参加の意志はありませんが、有意義なアンケートになることを念願しております。頑張って下さいね。

>フレアさん。こんにちは。
立派ないい感想です。

ただ、疑問なんだけど、俺が書いた感想って読んでる?
ちょっと、僕が書いている記事内容について全く触れずただ自分の思ったことだけを書き込まれることが多くて「あれ?読んでねぇのかな?」と思うことがけっこうあります。

ただ自分が思ったことだけを書きたいのなら、ご自分でブログを作るなりして欲しいと思います。

以前にも言いましたが。
何かを感じて、それを言葉にすることは素晴らしいことです。
でも、それを、いつ、どこで、どのようにしていくのか、は考えていかなければならないことです。
ここが、挨拶も無しに好きなことを書く場では無いということをご理解下さい。

投稿: だんち | 2006年9月25日 (月) 05:44

だんちさん、こんばんは。
まず最初に今回の感想を書くにあたって挨拶がなかったこと
申し訳ありませんでした。お詫びします。

さて、だんちさんの感想文に関してなんですが・・・
もちろん毎回拝見させていただいてます。
私がだんちさんの記事内容について全く触れていないことに
対して疑問・不快を感じておられる事ごもっともだと思います。
ただこれは言い訳になってしまうのかもしれませんが
だんちさんが書かれる感想文は作品への観察力や洞察力の鋭さそしてそれにもとずいた文章は大変内容が奥深く読んでいて
ただただ圧倒させられてしまいます。
私などはとても足元にも及びません。
この奥深い内容の文章をどのように受け止めてどのような答え
を出したらよいのかと考えてしまうのですが結局よい答えが
出せずに悶々としてしまうのが現状です。
それゆえ私が軽々しく内容に言及することはだんちさんに
対して失礼になるのではないかもしれないと私なりに考えた
結果であることをご理解いただければ幸いです。

最終話までの残り3回とはいえこの作品に出会うきっかけを
作って下さっただんちさんに感謝申し上げます。

投稿: フレア | 2006年9月30日 (土) 19:34

だんちさん、こんばんは。ちょっとだけ追加します。

先程書き込んだ後にいろいろ考えたのですが
今後だんちさんの書かれた感想文への私のコメントを
差し控えたいと思います。
と言いますのはだんちさんがご指摘されたように
どうにも私は自身の思い込みがとても強く、それが文章に
前面に出てしまいそのことがだんちさんへ不快感をもたらして
しまうと判断したからです。
今回もARIA The NATURALの最終話を見て感想文を書いたのですが
やはり私自身の思い込みが強い内容になっているので投稿を
やめることにしました。
同じことを繰り返してだんちさんの不興をかってしまうのは
良くないと思いますので。
もちろんだんちさんの感想文は拝見させて頂きます。

せっかくご縁があって出会えたのに、些細なことで台無しに
したくはないと考えた結論です。どうかご容赦願います。

投稿: フレア | 2006年9月30日 (土) 21:18

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