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2006年10月10日 (火)

小説「涼宮ハルヒ」シリーズを読んでみた。

 おはようございます。だんちです。
 アニメシリーズが好きで興味を持ち、「涼宮ハルヒ」シリーズの原作小説も読んでみました。
 その感想を書こうと思います。
 ネタバレも出てきますので、原作未読の方はご注意ください。
 また、手元に本を用意して細かく参照して書くようなことは性格的にできないので、読んだ時の印象で書かせていただきます。なので、不正確な部分に関してはご了承下さい。
 相変わらずの長文です。すいません…。

・小説の醍醐味

 とても楽しく読みました。
 面白かった。
 面白かったし、これは立派だな、と読んでいて思いました。

 というのも、読者を楽しませようという心意気に満ちた小説だからです。
 キョンが読者に語りかけてくるというスタイルもあり、まさに「語って聞かされる」ように親近感を持って物語を楽しむことができるわけですが、この縛りはなかなか物語を構成する上で「楽はできない」スタイルだよなぁと思えます。
 キョンが語りかけてくる以上、キョン視点のみで物語は展開します。
 そうなると、「ここはこのエピソードを誰々視点で挟んでおこう」という手法がまず使えないんですね。客観視点で「その頃、どこそこではこんなことが起こっていた」なんていうこともできないし。
 物語のプロットを考えて、それを全部キョン視点で展開させていき、なおかつどういう事態になっているのかをちゃんと分からせなければならない。しかも、それをエンターテインメントとして面白いものにしなければならない。
 これは、かなり骨が折れると思いますよ。大変なことしてるなぁって、楽しく読みつつ思いました。

 でも、それだけ骨が折れることをわざわざして練り込んでいるだけあって、とても読みやすいんですね。
 キョン視点に限られることで、余計な情報が入って来なくって、分からないことはキョンと一緒に「分からない」となって先に進むことができます。
 こつこつ張られた伏線をキョンと一緒に発見していきつつ、少しずつ謎の核心に迫り、そこで起こっていた事態がどういったことだったのかをキョンと一緒に知った時の驚きや喜びはとても新鮮で、その面白さを味わえることは「ああ。読んで良かった」と思えるものです。

 最後まで読んで、「あ。なるほど。こういうことだったのか!」と、楽しく読み終わることができる。
 そのための仕掛けや練り込みが「読んで楽しいものにする」ために徹底されているところが、本当に素晴らしいと感じます。
 「~動揺」のあとがきで作者の谷川さんが「重要なのは読みやすくなっているかどうかであって、またそれ以外の結果を僕はまったく望みません」と書いていましたが(ちょうどこの本は手元にあったので参照しました)、僕はこの言葉を読んで感動しました。本当に読者のことを考えて書いているんだなぁって。小説家なんだから読者に向けて書くのは当然といえば当然なんですが。でも、じゃあ、実際に読者に向けられた小説というものが、いっぱいあるのかというと、どうなんでしょうね。
 こういったことは小説に限った話じゃなくって。スーパーならスーパーで消費者のことを考えて売っているのか。バスならバスで乗客のために運行しているのか。役所なら役所で住民のために尽くしているのか。本来当然であることを当然のこととして成し遂げるということは、実はとても尊い立派なことなのだと思うんですね。

 読者に向けて読みやすく面白く小説を書こうとしている谷川さんは、立派な小説家だと僕は読んでいて思いました。
 小説家であることを目指してなったような人ではなく、なるべくして小説家になった人なのでしょうね。
 読者に向けて書く、ということをどこまでも志す谷川さんの姿勢を、小説家を目指しているような人達には是非とも鑑として欲しいものです。
 勿論、僕も自分の仕事の上で大いに鑑とさせていただきたいと思っております。

 そんな姿勢で書かれた小説だからこそ、一回読んでも面白いのですが、醍醐味はやはり「二回目」にあるかな、とも思います。
 物語の展開を知らず読んで、読み終わって「なるほど!こういうことなんだ!」と満足する。
 で。
 その上で、もう一回読んでみると。
 今度は展開を知っているわけですね。
 そうなると、仕掛けられている伏線や意図的に隠されている描写を一つ一つ発見することができて。「なるほど!ここでこうなっていたのか!」と、いかに楽しませようとしていたのかを沢山見つけることができるんですね。
 その発見に改めて感心したり驚いたりしながら、また最後まで読んで、「ああ。なるほど。これは面白いわ」と、また満足できる。
 こういう楽しみ方ができるのは、小説ならではなんだろうな、と思います。
 他の媒体でも勿論できることでしょうけど。でも、映像媒体だと、どうしても情報のインパクトが強いから上手いこと隠すというのはなかなか難しいだろうと思います。
 その点、小説だと上手いこと行間で表現したりすることで、情報は与えつつ隠すところは隠す、という文章ならではの「味な真似」ができるんだと思うんですね。
 その「味な真似」というところが、文章媒体の醍醐味、面白さだよな、と感じます。

 これは、読者としても嬉しいことだし、また消費者としてもちょっと嬉しいことですよね。
 五百円なんぼで二回は楽しく読める。
 勿論、二回だけでなく、何度だって楽しく読めるし、その度に「味な真似」を何度も楽しめるし、さらに発見していける。
 そうなると、読んで良かったというのと同時に「買って良かった」と思えるわけですね。
 僕は数日前、「~動揺」をうっかり洗濯機に落として気づかず洗濯してしまい、ボロボロに粉砕してしまったのですが、改めてもう一回買うことに躊躇なんてしませんでしたよ(つまり今手元にあるのは二代目)。既に何度か読んだとはいっても、これからも絶対に何度も読むだろうから、失ったら必ずまた手にしなければ、となるわけですね。
 消費者のことをちゃんと考えて醍醐味を味わえるものならば、それはやっぱりきちんと商売になっていく、ということなのでしょう。やはり、醍醐味重要ですね。

 それにしても。
 こうやって原作を楽しんでみると。
 未読でアニメの感想を書いていた頃に、原作を読んだ人でコメント欄等にネタバレをしそうになったりしたがる人がなんだかんだでけっこういたことが納得できます。
 原作が与えてくれた喜び、醍醐味を、伝えたくなっちゃうんでしょうね。「二回目の楽しさ」ということを味わって、そこで谷川さんが仕掛けていたことなどを発見していたりすると、それを言いたくてその発見や喜びを表現したくなって、うずうずしてしまうのでしょう。
 でも、その気持ちを抑えて、ネタバレを我慢して下さった方々のおかげで、とても楽しく読むことができました。
 改めて、ネタバレを気遣ってくださった皆様、ありがとうございました。

 *以下の感想から、ネタバレを含んでいきます。
  未読の方はご注意を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・涼宮ハルヒという人物

 学園祭で映画を撮るエピソード、「~溜息」は二冊目ということもあってかシリーズにとって方向性を決めるものになっているのかな、とも思います。
 「~憂鬱」が元々は投稿作だったことから、実際の連載スタートは「~溜息」から、ということにもなるのでしょうね。
 「~溜息」を読んでいて思ったのは、キョンのハルヒに対するツッコミがなんだか厳しすぎて、ちょっとヒステリックだな、ということでした。
 でも、その少しヒステリックなツッコミを見ていて、逆にハルヒがすごく普通に見えてきたんですね。
 ハルヒは学園祭を存分に楽しもうとしていて。
 それに対してクラスもキョンも、「学園祭なんてどうでもいい」とばかりにやる気がない。
 ハルヒはやる気を充実させすぎていて、ちょっと周囲に、というか特にみくるに対して常識外れに過ぎる要求をしてしまうわけですが。
 それは確かにどうなんだよ、という部分ではあるけれども。でも、そこまでハルヒがエスカレートしていく理由はあるだろうな、と思えます。

 学園祭をどうあっても楽しもうとするハルヒと、どうあっても楽しまないようにするキョン。

 この場合のキョンは、クラスのその他大勢と同じ立ち位置にいて、面倒なことなんてせずに適当にやり過ごせばいいや、という態度なんですね。
 それをキョンは「普通だ」と主張する。
 で、学校中から変人扱いされているハルヒは、学園祭を楽しいものにしようと、それがへっぽこな映画であっても楽しく一生懸命に取り組む。
 キョンはまったく乗らず、ツッコミをどんどんヒステリックなものにしていく。
 そして、だからこそ、ハルヒもどんどんエスカレートしていったのでしょうね。

 そこに祭りがあって。

 それを楽しもうとする者と、楽しまない者とがいた場合。
 果たして、どちらが普通で、どちらがおかしいのか。

 僕は読んでいて、「ああ。ハルヒって、なんてまともな神経の子なんだろうか」と思いました。
 考えてみれば、日常を生きていて、そこがつまらなければ、「面白くなればいい!」と願って行動することは、普通のことなのかもしれない。
 何もせず「だって、日常ってつまらないものでしょ」と諦め、諦めるだけでなく、何かやっている人間を「あいつは変人だ」と笑うことが、「普通」として表現されるわけだけど、でもそれは本当に「普通」なのか?

 宇宙人、未来人、超能力者がいて欲しいと願い、行動し、学園祭があれば楽しもうとする。
 そんな涼宮ハルヒは、実はものすごく普通の当たり前の神経を持っている人物なんではないか?
 「~溜息」を読んでいて、そのことを強く思いました。

 楽しいことがあるなら、心からそれを楽しもうとする。

 そのことには、周囲からはみ出すことを恐れない勇気や行動力が必要なのでしょう。
 楽しもうとしなければ、楽ではある。
 字は一緒だけど、「楽しい」ことと「楽(らく)」であることには大きな隔たりがあるように思えます。

 結局、ヒステリックに抵抗していたキョンは、「楽しいことを楽しむ」ことを選ぶわけですね。
 それは決して「楽」ではない。
 でも、キョンが本来あるべき「人間らしい神経」を取り戻したと見ることが、できるのだろうな、と感じます。
 その辺り、このシリーズのテーマの一つでもあるのかな、と読んでいて思うところでもあります。

 「本当は、まともな神経の人間は、涼宮ハルヒのような人間なんではないか」

 という。

 「祭り」ということでいうと、SOS団はハルヒにとっても、キョンにとっても、「祭り」のようなもので、それは日常を明るく楽しいものにするものなのでしょう。

 目の前に「楽だけどつまらない」生活と「大変だけど楽しい」生活とがあったら、どっちを選ぶのか。

 または。

 ハルヒのように何かを求めるのか。
 何かを追い求めている人間を、何もせずただ嘲笑うのか。

 それは結局。
 自分で選ばなければならない。

 そんなことを伝えてくれるシリーズなのかもしれませんね。

・まだ見ぬ人物?

 その「選ぶ」ということでいうと、これから大きなことが起こるようですね。
 いったい、どういうことが起こるのか。
 どんなドラマがあるのか。
 とても楽しみです。
 シリーズのしばらくは、ドメスティックというか、ハルヒとキョン、又はSOS団内の話だったのが、SOS団にとって外部の「他者」が出てきて、役者がどんどん揃ってきている感じがしますね。
 今後事態がどんどん動いていくのでしょうけど、その上でテーマが変わらないのであれば、そこで出てくる「選ぶ」ということは、ものすごく大きな選択になっていくのでしょうね。

 それはもしかすると、キョンだけでなくSOS団の一人一人にあることなのかもしれませんね。

 役割だとか、そういうことは関係なく、一人一人が重要なことを選択したり、決断したり。
 そういうことは、僕らが普段生活していてもあることでしょうから、物語で起こってくることは誇張された出来事として見つつ、自分達に当てはめることもできるような、そんな普遍的なメッセージを投げかけてくるものになっていくのかもしれません。
 そうやってSOS団の面々の今後に思いを馳せると、なんだか今から切ない気持ちにもなったりします。
 果たして、どうなっていくのでしょうね。

 それにしても。
 ハルヒが「3年前」に何をしたのか、がいまだに明かされていないのがなかなかニクイですよね。
 七夕までは遡っても、「3年前の春」は、まだこれから、ということのようですね。

 そのことと関わりがあるのかどうか分かりませんが、キョンが中学の頃仲が良かったという女の子の存在が気になります。
 つきあっていたわけではない、ということのようですが。
 中学卒業と同時に、キョンの人生からは消えている人物。
 どうもその人物は「変わり者」で「奇妙」らしい。
 その奇妙で変な女の子と、中学卒業と同時に会わなくなり、高校入学と同時にハルヒに会う。
 ハルヒの「3年前」が巧妙に隠されていることと同時に、この女の子の存在も少しずつ情報が織り込まれていることが、なんとも気になってしまいます。

 いったい、それはどんな人物なのか。

 もし、物語の鍵を握る人物であるのなら、これから登場するのかもしれませんね。

 あるいは。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 実は。

 もう、登場していたりしてね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 なんつってね。
 
 何はともあれ、どう展開していくのか、とても楽しみです。

 相変わらずの長文になってしまいましたが、そろそろ終わろうと思います。
 小説や書籍の感想を書くのはなかなか慣れませんが、与えてくれた感動や喜びを言葉にすることは楽しいですね。それをこうやって記事にしている以上は、ちゃんと読めるものになっているといいのですけれども。

 最初に書いたように、このシリーズはとても骨の折れる構成を、「読みやすく」読ませてくれる、とても素晴らしい小説だと僕は思います。
 「楽(らく)」と「楽しい」ということでいうと、谷川さんはどう考えても「楽(らく)」は選んでいない人物だということなのでしょうね。
 でも、その苦労、大変さの先には「楽しい」があって、読者として僕はその「楽しい」を味わうことができたのだと思います。
 目の前に。
 苦労はするけど面白くなる、という選択肢があったら、それを選択する。
 そんな谷川流氏に、限りない感謝を。
 そして、このシリーズが更なる発展を遂げることを念願しつつ、小説「涼宮ハルヒ」シリーズの感想を終わりたいと思います。

 ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
 また、乱文乱筆失礼いたしました。
 誤字脱字、意味が通らない文章は発見次第修正していきますね。

 新刊が出て読んだら、また感想を書いたりしたいなぁと思っております。
 続き、楽しみですね!

 ではでは、またです!

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コメント

ご無沙汰しております。

「溜息」はアニメで先に「ハルヒ」に触れた人の間では評価が分かれる作品のようですね。確かにあのキリキリした世界が「孤島」や「エンドレス」の後だと考えると釈然としないものもありますが、後の作品にはない荒々しい魅力に満ちていると思います。

あのドタバタしながらとんでもない事態が着々と進んでいく感じがいいですよね。実は「憂鬱」を上回る世界の危機なのにキョンがそれにあえて細かく触れていないので、ダラっと読んでると読者もそれに気付かないまま終わってしまうのですが、冷静に考えるとあれは立派な極限状況ですよね。団内がギスギスした感じになっていたのはそう考えると、あれはあれでで辻褄が合っているのかもしれません。

それでなくても学祭の前なんて、平常心じゃいられない時期ですし。

小ネタではハルヒがやたら古いロックを歌っているところとか好きですね。「ライブアライブ」ではキョンが長門のギターの腕前を表現するのにブライアン・メイはまだしもマーク・ノップラーって、お前らいったいいつの時代の高校生なんだと。

それではまた。

投稿: 山崎しんのすけ | 2006年10月20日 (金) 23:17

山崎しんのすけさん、こんにちは。コメントありがとうございます!

>「溜息」はアニメで先に「ハルヒ」に触れた人の間では評価が分かれる作品のようですね。

あー。そういうことはあるでしょうね。
でも、この「溜息」がなければ、その後の作品のキョンはありえないですよね。シリーズにとって重要な作品だなぁって思います。

>あのドタバタしながらとんでもない事態が着々と進んでいく感じがいいですよね。実は「憂鬱」を上回る世界の危機なのにキョンがそれにあえて細かく触れていないので、

確かに、かなりの危機でしたよね。それは特にハルヒの監視役の人達にとっては。キョンはそういった監視的な立場に絶対に自分を置かないところで、ハルヒに対してどういうモチベーションを持って接するかを明確にしますよね。だからこそ、桜が咲くところがまたたまんねぇっすよね。いやもうキュートっすよ!

>小ネタではハルヒがやたら古いロックを歌っているところとか好きですね。「ライブアライブ」ではキョンが長門のギターの腕前を表現するのにブライアン・メイはまだしもマーク・ノップラーって、お前らいったいいつの時代の高校生なんだと。

なんか、ついニヤニヤしちゃいますよね(笑)
でも、昔っから関東と関西だと音楽シーンが全然違ったりしていたそうですよね。今もそうなんだろうし。その辺の影響もあっての描写なのかもしれませんよね。そもそも谷川さんは音楽好きなんでしょうね。それに、今ギターヒーローっていないですもんねぇ。若い子達に、是非いい音楽をいっぱい聴いて欲しいものですよね。ってこんなまとめでいいのやら。

ハルヒ本の準備、ちゃくちゃくと進んでいらっしゃるようですね^^
僕もエロ本作らなければ!
お互い大晦日に向けて頑張りましょう!

ではでは、またです!

投稿: だんち | 2006年10月22日 (日) 16:33

こんにちは。mementoです。僕もやっとこさ「涼宮ハルヒの憂鬱」を読み終えました。
読み終わった感想は、
「これはキョンの物語だな」
というものでした。詳しくは掲示板のほうに書きましたが、アニメ視聴の際の感想と「涼宮ハルヒの憂鬱」という表題から受ける印象とは、また別の切り口が、小説にはあるように感じました。

一人称文体は、だんちさんもおっしゃっているように、それで括りができてしまうものですが、視点がほかにブレないから読者には読みやすいし、原作者の谷川さんが、その「読みやすさ」ということに、最大限の注意を払っておられるのがよくわかります。
“観測者定理”みたいな、複雑にしようと思えばいくらでも複雑にできるテーマをサラッと処理して、キャラクターも最小限、ストーリーも比較的シンプルに、固有名詞等もなるべく少なくする(主人公にすら「キョン」というニックネームがあるだけ)という点などに、その配慮が窺えます。最近のSF、ファンタジーものにありがちな、設定のための設定みたいなものもほとんどないですしね。

とりあえず今のところはまだ、「憂鬱」しか読み終わってないんですが、この先読み進めていければ、また機会があれば、また感想を書き込みたいと思います。
それでは。

投稿: memento | 2006年10月28日 (土) 16:43

mementoさん、こんばんは。掲示板への感想の投稿ありがとうございました!^^
楽しく読ませていただきました。

仰る通り、確かに「涼宮ハルヒの~」と言いながら、完全にキョンの物語ですよね。だからこそ、キョンとハルヒと表裏として見ることも、その表題から可能になるのかもしれませんね。実際、そういう表裏の役回りになっていますしね。

>ぶっちゃけいってしまうと、「涼宮ハルヒ」というキャラクターも、キョンの妄想の産物かもしれない、いや、むしろ彼女はキョンの別人格なんじゃないか

という部分に関しては、これは現実の僕らにもありうることだよなぁと、読んでいて改めて思いました。
というのも。
現実に人と接していても、まるで脚本を与えられたかのように「こういうリアクションをして」と求められることがしばしばあるからです。
それこそ、ハルヒが不満に思っていた「デートっていうとハンで押したように皆同じことをしたがる」ということと同じように。
「普通」という出来のあまり良くない脚本に乗っかっていれば、人生においてそれなりのドラマを演じることはできるんだろうけど、そりゃやっぱりつまんねぇし…どこか不愉快ですよね。
キョンが、自分を非現実へと連れ出してくれる存在としてハルヒを妄想したとして。でも、実際に閉鎖空間に連れ込まれると「そうじゃないんだ」と現実への帰還を選択する。そうなると、もう「妄想ではないハルヒ」に向き合わなければならないんではないか、と僕は思います。

>ひょっとして結構、暗い作品なのか、これ?

僕もけっこう重いものを持った作品なのではないか、と感じています。
作中に「未来」ということが語られるわけですが、それは確実な「変化」ということですし。

>僕なんかはキョンの欲望の薄さのほうが、どちらかといえばアブノーマルにも思えてしまいます。本当に、“普通”っていったいなんなんでしょうね?

そう!そうなんですよね!そこをこそ伝えようとしている作品であるように感じます。だから僕は「ハルヒこそが『普通』なんではないか。そういうことを描こうとしているんではないか」と思うんです。
「ハルヒこそが普通で、他の全てが異常である」として見ると、あの世界でハルヒが「神」的な存在であることも、当然であるようにも思えます。
その意味では、僕は彼らが転倒していくのではなく、マイノリティ同士として「共闘」して欲しいなぁって思いますが、果たしてどうなりますか。

>この先読み進めていければ

え?読み進めることは規定事項ではないんですか?^^
お忙しいとは思いますが、是非先を読み進めて、また感想を書いて読ませて下さいね!楽しみにしております!!
しかし、こうやって感想を読むと、やはり読み直したくなりますね。僕は最新刊から読み始めて「憂鬱」を最後に読んだんですが、今度は「憂鬱」からまた読んでみようかな。

これからもいっぱい語りましょうぜ!
ではでは、またです!

投稿: だんち | 2006年10月29日 (日) 22:28

あけましておめでとうございます。
こんにちは。たこーすけです。

すっかり出遅れてしまいましたが(3ヶ月!)、原作シリーズをぼくも読みましたので感想を書き込ませていただきます。

まずは、だんちさんと同じく、当時原作既読だった方々へ、心から感謝を申し上げたいです。
ネタバレをしないようにいつもお気遣い下さって、本当にありがとうございました。
いや、これは、辛いですね。ほんと。
やっと、既読の方々の苦悩を理解することが出来たように思います。
もう、こっちは未読をいいことに無邪気に書きたいことを書きまくっていましたが、既読だったら、どこまで自由に書けていただろう?
未読者の感想に対して、「いや、違うのに…そうじゃないのに…あーーもう!」ってネタバレをしゃべりたくてウズウズするというのもありますし、ネタバレを避けながらどうやって考察、感想を書くか、これも難しい。
ぶっちゃけ、ある意味最も的確な考察は、「ネタバレそのもの」になるわけですから、書きようがないわけですよね。だから不自然にでも、本流から外れたところからの感想を書くことになるのかもしれません。
というか、そもそもですね、原作本文中に露わに記述されていることに対するネタバレも、あるいは露わには描かれない、なんというかテーマ的なことに対するネタバレも、原作をちゃんとしっかり読まないと、回避なんてできないですよね。
曖昧な記憶だけを頼りにして書いていたら、うっかり、無意識に、触れてしまうかもじゃないですか。
いやー、マジで、これは辛いですね。第二期、どうしよう…
本当に、既読の方々のお気遣い、ありがとうございました。
そして、未読をいいことに無邪気に書きまくっていて、すみませんでした。


未読者だったからこそというのをもう一つ挙げると、それは「溜息」をすごく楽しめたということになります。
シリーズの中で、「溜息」は一般的にそんなに評判が良くないような感じに見受けられていましたが、いやいや、すごく面白かったですよ。
ぼくとしては、その面白さは、アニメで「朝比奈ミクルの冒険 Episode 00」を先に知っていたからこそのものでした。
「溜息」で、どんどん種明かしされていくようで、すごく面白かったです。丸まる一冊を使ってネタ解説みたいなものですからね。


さて、原作を読んで一番感じたことは、みくるの可愛さです。
アニメでは「萌えマスコット」として主に描写されて、それはそれで可愛いとは思いますが、原作の可愛さは、素晴らしすぎる。
ぼくは、「笹の葉」の「TPDDが……ありません。ないよう」で完全にヤラレた。
みくる。かわいすぎ。

アニメでは、時系列シャッフルによって視聴者が時間遡行をしている、というわけだからではないでしょうが、キレイに時間遡行に関するエピソードが抜けていることにも気づかされます。

これは、第二期があるとして、そしてそれは消失メインだとして、時間遡行ものはそこでまとめて、ということなのでしょうね。
長門さんも、改変長門さんもあるから、それは大人気になることと思いますが、
ぼくは、みくるに期待。ちょー期待。絶対かわいい。大人みくるも含め、ちょー期待。
あー。2クールで「陰謀」もやってくれないかなあ。


最後に。
キョンが中学の頃仲が良かったという女の子。

>実は。

>もう、登場していたりしてね


そうだと仮定して、全く矛盾を生じない人。
一人だけ思い当たります。
たぶん2回、出てきているかな。


それでは。

投稿: たこーすけ | 2007年1月 3日 (水) 12:57

たこーすけさん、こんばんは^^
改めまして、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたしますね!

原作の感想、お待ちしておりましたぜー♪
読ませていただきました^^

既読の方のネタバレ回避は本当に有難かったですよね。
それに原作既読の方々の雰囲気から、「これはきっと原作も面白いんだろうなぁ」と伝わってきて、すごく楽しみになりましたよね^^
原作未読の僕らが好き勝手に書いている感想に温かく絡んでいただけて、本当に楽しいやりとりをさせていただいたなぁと改めて感謝の気持ちが湧いてきますね!

>いやー、マジで、これは辛いですね。第二期、どうしよう…

俺はね。第二期が来たら手短な感想を心掛けるよ!
…「俺にしては」っていう範囲で(笑)
なんとなく予感もあって。
作品って、出てくる時の時代背景だったり社会情勢だったり、現実世界のいろんなものが絡んで一つの作品世界を作り上げるものだと思うんですね。
その辺りで、ものすっごく濃厚な味わいをよりしていけるんじゃないかなぁって。
どうなるか。楽しみですね^^

>「溜息」で、どんどん種明かしされていくようで、すごく面白かったです。丸まる一冊を使ってネタ解説みたいなものですからね。

本当そうでしたよね。舞台裏での人間関係とかそれぞれのメンバーの苦労ぶりとか。メイキングドラマを見ているようで、すごく楽しかったですね!
僕は桜の花満開がもう、「うはー!!ハルヒ可愛いなぁおい!!」と赤面しちまいましたよ^^
いろいろ興味深い点も多かったし。「溜息」も読み返していろいろ思いところのある作品ですよね。

>さて、原作を読んで一番感じたことは、みくるの可愛さです。
>アニメでは「萌えマスコット」として主に描写されて、それはそれで可愛いとは思いますが、原作の可愛さは、素晴らしすぎる。

文章であれだけ可愛らしさを表現できるのはすごいですよね。
キャラクターのリアクションの書き分けもそうだし。本当に丁寧に人間を描いているなぁと思います。それは勿論、有希も含めて。
みくるのあの一生懸命さ、何かを守ろうとして精一杯な様子は可愛いし、健気だし。
そしてやっぱり、年頃の女の子なのに恋もできないわけだしねぇ…。
なんかもう、今後もいろいろ泣かされそうですよね。

>これは、第二期があるとして、そしてそれは消失メインだとして、時間遡行ものはそこでまとめて、ということなのでしょうね。

おぉなるほど。確かに時間遡行エピソードをすっぽり抜いていましたよね。
その辺り、第二期があるとしたらどういう構成になるのか、とても楽しみですね^^

>ぼくは、みくるに期待。ちょー期待。絶対かわいい。大人みくるも含め、ちょー期待。

映像化されたらたまんなく可愛い場面、多そうですよね。期待しないでおれましょうか!!
と言いつつ、俺は「あのハルヒ」に期待しようっと♪髪が長くて胸がなくて…はぁはぁ…。いやでも、僕はショートヘア好きなんですけどね。

>あー。2クールで「陰謀」もやってくれないかなあ。

「陰謀」は長いですからねぇ。いっそ劇場版とかで^^

≫もう、登場していたりしてね

>そうだと仮定して、全く矛盾を生じない人。
>一人だけ思い当たります。
>たぶん2回、出てきているかな。

その人の可能性、あるんじゃねぇかなぁと思っております^^
どうなりますかね。

原作の続きを読んでいくのも、本当に楽しみですよね。
これまでのも、何度も読み返しつつ。とことん楽しんでいきたいですね!

ではでは、またです~^^

投稿: だんち | 2007年1月 9日 (火) 00:35

僕はアニメ版が放送終了しただいぶ後になって図書館でたまたま原作を読んだのがきっかけでハルヒシリーズにはまってのでアニメ版に関しては「ミクルの冒険」「孤島症候群」「ライブアライブ」「射手座の日」「サムデイ」しか見たことがなかったりします。


ハルヒシリーズを読んでいてよく思うのですが、ハルヒは誰もが大人になる課程で失っていく「子ども」としての心を持ち続けようとしているのではないでしょうか。
「大人として生きていくためには宇宙人や未来人や異世界人や超能力者が現実にはいないという事を認めなければならない。だから私は大人になんてなりたくない」
最後の一文がどこかのおもちゃ屋のCMみたいになってしまいましたがハルヒがキョン以外の男の前で平然と着替えたり、「勝負」という言葉を聞いて目を輝かせながらドロップキックをかましたりする裏には上記のような考えがあるのかもしれません。そう考えると「憂鬱」でキョンと二人で閉鎖空間に閉じこもった時の「つまんない世界にうんざりしていたんじゃないの?」と言う言葉も、自分ではなくみくるや長門とばかり仲良くしているように見えるキョンに対する、親とはぐれて泣き叫ぶ子どものような叫びだったのかもしれません。

逆にこのシリーズの語り手であるキョンは特に女性に対して無理に大人になろうとしているような気がします。
キョンの家族や親族に関しては未だにほとんど明らかにされていない部分が多いですが少なくとも少し年の離れた妹がいること、そして初恋の相手が従姉妹のお姉さんでありそのお姉さんがどこかの男と駆け落ちするという最悪な終わり方である事などからの勝手な想像ですがキョンは小さい頃からことあるごとに「あんたがお兄ちゃんなんだから」とか言われて育ってきたのではないかと思います。そして自分が子どもとして信頼していたお姉さんに裏切られた事で年の近い女性を頼る相手ではなく支える対象として、大人が子どもを見守るような視線でしか見られなくなったのではないかと。キョンがロリコンっぽいのもこの辺りの事情と関係があるような気がします。

しかし、二人が常に「大人」なキョンと「子ども」なハルヒという関係のままであるかというともちろん違います。
一回目の不思議探索でキョンが他の女の子とデートみたいな事をするのを見たハルヒは自分が中学時代にやっていたような「子ども」のごっこ遊びの恋愛ではなく、もっと本気の「大人」に近い恋愛に足を突っ込もうとしていることに気付きます。そしてキョンと出会ったばかりの頃は自分本位な言動ばかりだったのが次第に仲間を気遣うようになり、「ライブアライブ」や「ワンダリング・シャドウ」ではそれまで自分からは殆ど関わろうとしなかったような相手にさえ気遣いを見せるようになります。
そうして次第に「大人」の心が芽生えつつあるハルヒとは対照的に、「子ども」としての夢や喜びを捨てて「大人」になろうと背伸びしていたキョンも自分が失った「子ども」らしさを持ち続けるハルヒとの触れ合いを通してそれを取り戻していきます。「憂鬱」で閉鎖空間に閉じこめられたキョンは最初は「飯食う場所がなさそう」といった理性的な理由でハルヒを説得しますが最後にはハルヒと同じ「子ども」の目線で「かなり面白い目に遭っていた」と言い、ずっとハルヒのことを見ていた事に気付かせるために毎日髪型を変えていた頃の話をし、更にはキスという行動で自分とハルヒが「大人」と「子ども」という上下関係ではなくもっと対等な関係であることを示します。だからこそ目を覚ましたキョンはハルヒを上からの目線で見る「大人」としての自分と対等な目線で見る「子ども」としての自分の両方を突きつけられ、「フロイト先生も爆笑だ」と言うのではないでしょうか。

人間にとって大切なのはいつまでも「子ども」のままでいることや逆に「子ども」としての夢から目をそらすことではなく「大人」としての心と「子ども」としての心のバランスを保つことだ、というのがこの作品のテーマなのかもしれません。

以上、僕のハルヒシリーズに対する勝手なイメージを書きつづってみました。キョンの「ポニーテール萌え」発言に対する解釈とかがだんちさんと少し異なっているようですが。ついでに、この
僕の意見と関連があるのではないかと勝手に思っている記事を紹介させていただきます。
http://www.syu-ta.com/blog/2007/01/23/224101.shtml


余談ですがこの記事を書いている時に、昔ポケモンのエンディングテーマとして流れていた「ポケットにファンタジー」という歌の中で小林幸子さんが楽しそうな声で「早く大人になりたいな」と歌う子どもに対して同じくらい楽しそうに「もう一度子どもに戻ってみたい」と歌っていたのを思い出しました。

投稿: Y | 2008年4月30日 (水) 02:02

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