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2007年4月16日 (月)

「ロミオ×ジュリエット」第1話を見た。

 こんにちは、だんちです。TBSにて「ロミオ×ジュリエット」第1話を見ました。
 「カレイドスター」のスタッフが多く参加していることで注目していましたが、それだけでなく、超有名古典をどうするのか、この題材を今扱う意味がどこにあるのか、など興味を持っていました。
 そういった観点からの感想を、なるべく要点をまとめて手短に書いてみたいと思います。

 原作となっている古典舞台「ロミオとジュリエット」は、学生時代の翻訳戯曲を読んだことがあるように記憶していますが、当時小劇場の舞台が好きだったりしたこともあって、あまり興味を持てず、内容の記憶などまったくといっていいほどありません。
 僕にとっては、なんとなく頭の中で「悲劇」という位置づけで整理されている物語となっています。
 昔見た「ジュリエットゲーム」という映画で言っていたことによると、その悲劇的結末に対する救済の意味でか、ロミオとジュリエットが死ぬ結末と死なないで幸せになる結末とを日替わりで上演していたこともあったとか。

 で。「カレイドスター」で直球スポ根をやった池田東陽氏達が、なぜ「悲劇」をやるのだろうか?と思っていたんですね。
 追崎監督はインタビューで「結末が決まっている物語」という認識を話していましたから、様々なディテールを変えたとしても結末を変える気は無いようですし。
 古典、悲劇、というものを、今やる意味がどこにあるんだろうか?と正直疑問でした。

 そう思っていたらば、TBSでの放映当日、TVKを見ていたら「まんとら」にゲストで池田東陽アソシエイトプロデューサーが出演していて、「ロミオ×ジュリエット」について話しているのをたまたま見たんですね。
 そこで彼は「ラブストーリー」ということを言っていて、「本当に面白いものを面白く作るのは一番ハードルが高い」とも言っていて。
 あ、なるほど。とやっと合点がいきました。
 僕には「悲劇」という位置づけしか頭になかったのですが、ラブストーリーを直球でやる、ということなんだ、と認識が改まりました。
 改めてキャストのコメントなどをWEB上で見ていても「ラブストーリー」という言葉が出てきても「悲劇」と言う言葉は出てきていないようです。

 で、第1話。
 いやもう、オープニングでもう涙出てきた。
 たまんねぇ。
 ちょーたまんないっすね。このオープニング。泣けるわぁ…。

 そして、本編を見て。
 やはり、なるほど。と思いました。
 ロミオとジュリエットが様々な運命に翻弄されつつも、恋、愛というものを、全うしていく、その物語を描こうということなんですね。
 それは、結末が決まっていたとしても、決して悲劇ではない。
 という、そういうことになっていくのだろうな、と思います。

 どのような状況であっても、どのような運命であったとしても、想いを貫き通すことが、悲劇になるはずがない。
 客観的にどう見えたとしても。
 愛を貫く二人にとって、それは最期の最後の瞬間まで幸せに満ちたものになっていくのかもしれない。

 ということであれば。
 見る側、観客、つまり視聴者が客観的に「可哀想に」と思ってしまったら、この「舞台(番組)」を「上演(放送)」する彼らの負け、ということになるのでしょう。
 結末が同じであったとしても、物語の印象を決定的に変えてしまおうというそのチャレンジは、素晴らしいものだと思います。

 なるほど。
 ラブストーリー。
 純度100%の直球ラブストーリー。
 うん。
 それは、確かに見てみたい。
 そしてそれを、今放送する意義もまた、大きいように感じます。

 ちょっとした自己実現とか自己変革とか、そういうちまちましたもんじゃなく、一人と一人の人間同士が、気持ちを貫き通す物語。
 いいですね。
 そして、だからこそ、お家の反目とかいう背景ではなく、巨悪としてのモンタギューがいるのでしょうね。
 二人の気持ちが大きいものとして結びつくのであればあるほど、それを阻む存在は超巨大でなければならないわけですね。モンタギューは、観客(視聴者)にとことん憎まれるほどの悪役になっていかなければいけない。
 「超悪役」
 いいですね。
 なかなか最近そういう存在を見ないような気もします。見ていると心の底から憎くなってくるような悪人振りを是非とも見せて欲しいものです。

 愛というもの。
 悪。
 そして、死。

 シンプルなものを描くことで、とことん燃え盛る「命」というものを見せてくれるのではないか、と思えます。

 うすらぼんやりと生きるんじゃなくって、とことん燃え盛ってみろよ、と訴えてくる、そんな力強さと瑞々しさを感じるんですね。
 やはり、それでこそ「舞台」。
 それでこそ「演劇」。

 音響監修ということで演技指導者として佐藤順一氏を起用していることも頷けます。
 やっぱりこの第1話、ぼけっと演じている人なんて当然のことながら一人もいないんですよね。役者さん達は、演じきることで抜け殻になっちまうくらいのエネルギーを込めて演じてくれることでしょうね。

 映像作品でありながら、素晴らしい舞台を見ている気になりますし、力強く汗が飛び散るほどの熱演をこれからもたっっぷり堪能させてもらえることが、とても嬉しくなります。
 音楽、美術含めて、立派な舞台を作り上げて見せてくれることになるでしょう。

 観客としてリアルタイムに拍手を舞台に送れないことが口惜しいですが、せめてこの記事が舞台に送る拍手の一つとなれば、と思います。
 次回の「上演(放送)」もとても楽しみです!

 ではでは、またです!

 参照:「なぜアニメの感想を書くのか。どういったスタンスで書くのか。」
    :「物語り人(ものがたりびと)」であること。…学習機会レポート2
    :「物語作りの基礎。普遍的土台と誇張表現の調和により生まれる適度な感情移入…学習機会レポート」

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