« 「映像言語」と「漫画言語」の具体的な違いの例。 | トップページ | 「ロミオ×ジュリエット」第1話を見た。 »

2007年4月15日 (日)

「涼宮ハルヒの分裂」を読んだ。

 こんにちは、だんちです。文庫小説「涼宮ハルヒの分裂」を読みましたので、感想を書きたいと思います。
 ネタバレ記述が容赦なく含まれますので、未読の方はお気をつけ下さい。
 本日4月15日から、僕のブログでは「涼宮ハルヒの分裂」までの原作ネタバレOKということにさせていただきます。お気遣いをいただきありがとうございました。

 今回の「~分裂」は、6月発売予定の「涼宮ハルヒの驚愕」の前編ということになるようですね。
 そのため、この1冊では完結したエピソードにはなっていません。

 しかし、そうではあったとしても、様々な事態が動いてくることで、読んでいて非常に楽しかったですし、起こっている事態に対して読み進めていくごとに高まってくる緊張感がまた、物語世界にぐいぐいと引き込んでくれてとても心地良いものでした。
 特に、物語そのものが二手に分岐していく、というのは大変びっくりする仕掛けでした。
 比較的平穏そうなαルートと、不穏な空気がぷんぷんするβルート。
 でも、αルートには、どうもとんでもない奴が紛れ込んでいるようで…。なかなかちょっと、たまんないものがありますね。

・貫かれるテーマ
 さて、この「涼宮ハルヒの分裂」。楽しみ方は当然人それぞれなわけですが。
 僕個人として、より楽しめるだろう、と思う読み方は、一旦最後まで読だ上で、もう一度最初から「プロローグ」の71ページ、1行目までを読んでみる、というものです。
 つまり、「ザ・スニーカー」四月号の「涼宮ハルヒの分裂冒頭100枚先行公開」で掲載されていた箇所まで、ということですね。

 「ザ・スニーカー」四月号を読んだ時点で、「この佐々木なる人物は、例のあれか」と予想はついたわけですが。とはいえ、その佐々木登場までが割と長く、多少冗長に感じる冒頭だと思わないではありませんでした。
 でも、文庫本を最後まで読んだ上で改めて読み直してみると、相当に重要なキーワードや台詞が、この先行公開された部分にはあるように感じます。
 そして、それを前提にして、その後も二読目を読み進めてみると、様々なエピソードや台詞などが、最初に読んだ時よりも、なんとも複雑な受け取り方ができてくるように思います。

 佐々木は、キョンのことを「変わってない」と言います。
 それに対してキョンも「お前も変わってない」と応えるわけですが、佐々木はその後、「自分は変わった」という意味合いの言葉を連ねてきます。そしてそれは「世界の変容はイコール価値観の変容」によるものだ、ということも言う。
 つまり、佐々木は「自分の価値観は変わった。だから自分は変わった」ということを、暗にキョンに告げていることになります。
 それは、橘や周防、藤原との邂逅によってもたらされたものである、ということなのでしょう。
 普通に受け取れば、それまで持っていた通常世界の価値観が変えられた、ということになるのでしょうけども、佐々木が持っている価値観の多くに変化がもたらされたのであれば、中学時代に言っていた「恋愛感情なんてのは精神的な病の一種」という価値観もまた変わったと見れるでしょう。

 そう見た場合。
 佐々木がキョンと会った時、話している時、ハルヒと対峙している時、電話している時、会合を設けた時。
 彼女はどんな気持ちでいたのか。
 そのことに思いを馳せないではいられません。

 そして、その気持ちを持って71ページの先を改めて読み進めていくと、二度目に読む佐々木の行動、発言の意味合いが相当違って感じられるんですね。

 同時に、キョンが引き合いに出したように、佐々木に対応するハルヒもまた、かつて「恋愛感情は精神病の一種」という価値観を持ち、そう発言したことにも思いが行くわけです。
 「世界の変容はイコール価値観の変容」
 ということが、今回のエピソードに貫かれる、とても重要なキーワードになるのだろうな、と感じます。

 その辺り、「価値観の変容」という部分をキーワードとして心に留めておきつつ読み進めていくと、物語が二つに分岐してくことも、ハルヒの閉鎖空間の多発と《神人》の行動の変化も、そして、なぜだかまったく「変わることがない」キョンの様子も、非常に意味を持って感じられるように思います。

 やはり、僕にとって「涼宮ハルヒ」シリーズは、SF的な展開や推理小説のような構造を見せてくれて様々な楽しさを提供してくれていても、どこまでも少年少女の思春期の瑞々しい心の機微を描き出そうとしている物語に感じられます。

 佐々木という人物が果たして何者なのか。
 これは、「~驚愕」で明らかになっていくのでしょうね。
 ハルヒとの共通点が多く、どうもいろいろな絡みがありそうな佐々木。
 まぁでも、それはそうだろうな、と思います。
 僕は「笹の葉ラプソディ」を読んだ時から、こういう展開…といいますか、描写というかエピソードというか、勿論そのままずばりじゃないんだけど、あるだろうな、と思っていました。
 なんでそう思ったか、ということに関しては、改めて「~驚愕」を読んでから書きたいと思っています。

・キーワード達
 さて、「71ページ1行目までに出てくるキーワード」という観点で気になる点をいくつか拾っていってみると。
 会長の「どっちが本当の自分か分からなくなる」という件。「顔にはめた仮面に本体を乗っ取られないでくださいよ」と古泉は忠告しますが。
 どうも、本編に突入してくると「無理に作ってる感じがする」とか「演じている」というような評価をされる人物もおりますし。気になるところです。

 あと「猫被りが猫に」「猫の寿命は人間より短い」など。つまり、「猫」ということ。
 長門はシャミセンのことを何やら気にしていましたね。
 シャミセンは、キョンの読解によると「世界と猫族の寿命は永遠なのだ」と主張しつつ寝ておるようですが。
 そしてそのシャミセン。
 αルートとβルートとだと、ちょっとだけ行動が違うんですよね。
 αルートでは、キョンが古泉に電話している時にキョン妹の部屋にいて、二人の会話を聞いていない。
 βルートでは、部屋にいたまま、キョンと古泉、キョンと長門の電話での会話を聞いている。
 さて、どうでしょう。何か意味があるのか全く関係無いのか。
 「ワンダリング・シャドウ」にて、更なる不可思議猫たる存在を獲得したシャミセン。
 気になるところです。

 あとは、当然のことながら「異世界人」。
 「長門ユキの逆襲」辺りもキーワードになっていたりしてね。
 また、少しだけだけど喜緑さん絡みのところもなかなか興味深いですよね。

 「世界の変容はイコール価値観の変容」というキーワードが強力だったため、いろいろ取りこぼしているでしょうけど。「71ページ1行目」までにいろいろなヒント、キーワードがあるのではないか、という読み方をしていくのは、なかなかに面白いものだと感じます。
 と、自分で書いていたらもっと拾いたくなってきてしまった。
 また読み直そうっと。

・真正面から来るか!?
 そろそろ終わります。
 「世界の変容はイコール価値観の変容」というテーマ(と思える)が、「恋愛感情」というところに帰結していくのであれば、いよいよ「恋愛」というところに真正面から切り込むことになっていくのかもしれませんね。
 「~憂鬱」以来、なかなか正面きっての発展的恋愛エピソードは無かったわけですが。「~憂鬱」と一緒で春の話ですしね。「恋愛感情は精神病の一種」なんていう言葉も、一年振りの登場なわけですし。
 さて、どうでしょう。
 「世界は変容」するのか。どうか。
 キーワードということでいうと、「~憤慨」でも気になるキーワードが出ておりましたし。

 「驚愕」というからには、「驚愕」ということになるのでしょう。
 「~分裂」に出てくるキーワード…あるいは「~憤慨」のエピソードなど。そういったところを改めてじっくり拾っていきつつ、続きを楽しみに待ちたいと思います。

 そんなわけで、「涼宮ハルヒの分裂」、なんとも甘酸っぱい気分を堪能させていただいて、また今後の展開に対する複雑な仕掛けを心地良く楽しませていただきました。
 今の気持ちとしては、「~分裂」をもっと読み込んでいろいろな仕掛けをもっと発見していきたいですし、「~憤慨」や「~陰謀」などを改めて読み直してみて仕掛けの前の仕掛けの部分も見てみたくなります。
 そういう楽しみ方をすることを考えると、二ヶ月の間待つというのも、なかなかいいものだな、と思ったりします。

 文章力や構成力を駆使して読む人をとことん楽しませようとしつつ、時に適ったメッセージを投げかけてくるエンターテイナー、谷川流氏に心からの喝采を送りつつ、「涼宮ハルヒの分裂」の感想を終わります。
 乱文乱筆失礼いたしました。

 ではでは、またです!

 P.S そういえば…ハルヒの制服のスカートの後ろって、ボックスプリーツ無いんですね…。今回のカバー絵で気づきました。
 アニメ版だと後ろにもプリーツあるようですが。ずっとプリーツ有りで描いてしまっていたなぁ…。
 プリーツ無しの方がお尻の色気があっていいような気もしますね。今後、描く時どっちにしようかなぁ。ちょっと考えようっと。
 では!

|

« 「映像言語」と「漫画言語」の具体的な違いの例。 | トップページ | 「ロミオ×ジュリエット」第1話を見た。 »

コメント

こんばんわ。山崎しんのすけです。

「分裂」についてはいくらでも話したいことがあるはずだったんですが、いざ解禁となると身構えちゃいますね。手の震えが止まりません。ウソですが。

いやね。いろんなところで何度も書いてますが嬉しくて仕様がないんですよ。

過去の「ハルヒ」シリーズに於いて、下手をするとハルヒの力の正体以上に謎だったのが「キョンの昔の女」だったわけで、ワタシは実を言うと件の女というのは何らかの情報操作でキョンの記憶が書き換えられているだけで実は存在しないんじゃないかとずっと考えていたのです。

粉砕されました!ヽ( ゚∀゚)ノ

まあ、それでも佐々木の存在自体が仕掛けである可能性が消えたわけじゃないですけどね。

ともあれ、「分裂」と「驚愕」は本来は「奔走」という一本の話であったならば、この物語はつまるところ佐々木さんの物語であり、彼女の存在に対してどうキョンがスタンスするか、という物語であるはずです。彼女は「分裂」を読んだ方ならおわかりの通りハルヒ世界に対してきわめて重要なポジションにおり、一度読んだら忘れようがないほど魅力的で、キョンにとっても他に代え難い存在であり、そして、※閉鎖空間にすら発散できないほどの※非常に深い鬱屈を抱えた人物です。

とか言っていても、

>「ザ・スニーカー」四月号を読んだ時点で、「この佐々木なる人物は、例のあれか」と予想はついたわけですが。

すいません!
気づいてませんでした(><)

まあしてやられるのも楽しみのうちですよ!(負け惜しみ)

さて。
佐々木さんの憂鬱(およびきわめて魅力的な裏SOS団の面々、とりわけ九曜!いい!イイよ九曜!昆布!昆布カモン!)については非常に気になるところですが、つまるところそれは彼女の(そしてことによると月である彼女に対峙する存在としての太陽=涼宮ハルヒの)魂の問題であり、そちらサイドからはだんちさんが考察されているので、ワタシはメカニカル方面から入る方向で。

世界はいかにして分裂するに至ったか。

実は、過去、キョンの存在する世界はひとつの時間軸に沿って複数の現実が並行して進行することを経験しています。「消失」世界のバックグラウンドにはもう一つの現実が存在し、その世界ではキョンは意識不明に陥りあのハルヒをして寝袋持参で泊まり込むというはなはだ萌えるシチュエーションを実現させたわけですがそれは置いておいて。

「消失」における現実の改変はハルヒの力によって行われたと説明されています。つまりハルヒが同じことをすることも可能なわけです。で、キョンが病院で寝ている現実というものは世界改変を行った長門が処理されることによって初めて顕在化した。それまでは見かけ上存在していない。

ということは、キョンが言っている通り世界の分岐がハルヒによって行われたのなら、そもそも何故それは分岐として存在しているのか、という疑問が発生します。涼宮ハルヒ(ないしはその無意識)は、世界を上書きしてしまうことによって自分に都合の悪い世界を無かったものとしてしまうことが可能なのですから。ハルヒはそんなことしないでしょうが、佐々木の存在自体を消してしまうことすら出来るわけです。ハルヒは(実はいい子だから)そんなこと考えないでしょうが彼女(または他のすべての人間)の魂の奥底に眠るイドの怪物はそんなことには斟酌しないはずです。

ならば、何故、aとb、二つの世界は、わざわざ(字数稼ぎ、という一部のユーザーの邪推する余地を残してまで<バカじゃないの?)印刷に細工することを強要してまで並立しているのでしょうか?

aで起こっていることが(今のところ)ハルヒにとって好ましい現実であることは明白です。教室ではキョンとラブラブな(本人は認めないでしょうが)現実を過ごし、(長門を超える可能性のある唯一の)ライバルである佐々木は今のところ表舞台からは姿を消しており、そしてSOS団は(いつまでかはわかりませんが)新入生で溢れかえっています。

一方、bはあからさまに不穏な気配に満ちています。佐々木はキョンにより一層接近し(ハルヒ自身はそれを知らなくても無意識はその恐るべき危険性を気づかないはずがありません)、長門は風邪に倒れ(どこかのヘボ同人に書いてある通り長門みたいなリミット不明のミラクル少女がが風邪を引くなんてあり得ません)、そして何よりも重要なことに、ハルヒは教室でキョンにテストの予想問題をクラスメートの前でレクチャーするという何物にも代え難い(はずの)舞台を奪われています。

そんな世界が、何故他ならぬハルヒによって、存続を許されているのでしょうか?

それは、世間で喧伝されているように、選択がまだ行われていないか、そうでなければ、両方でハルヒにとってきわめて重要なことが起こるから、ではないでしょうか?

個人的には後者の方が面白い!
「驚愕」でそんなワタシの勝手な思惑が報われるのか、あるいはカメルーンの野生児を前にしたブラジルの虎のごとくものの見事に粉砕されるのか、どちらにしても楽しみです。そう!それが言いたい!メチャメチャ楽しみ!

さらに言えば、世界が二つに分岐したということは、三つにも四つにも割れる可能性があるわけですよね?どうすんだ?やんのか?やれんのか?

ほかにも佐々木イイとか九曜イイとかきょこたんけなげとか藤原パンジー報われないけど頑張れとかいろいろ言いたいことはあるんですが。ひとまずこの辺で。

あ!どうでもいい話ですがスカートのプリーツ!
いとうのいぢさんは設定に関してはかなりアバウトな方なので(^^;、アニメの設定に準拠しておいた方が堅いと思います!

なんかうまくまとまりませんが。
それではまた。

投稿: 山崎しんのすけ | 2007年4月18日 (水) 23:07

山崎しんのすけさん、こんにちは^^
解禁ですよー。「~分裂」の山崎さんの感想をありがとうございます。山崎さんの感想もお聞きしたかったし、語りたそうにうずうずされている感じでしたし、たっぷり書いていただけて嬉しいです^^
いくらでも話したいことがありますか!
ならば、まだまだ語りましょう。

>ワタシは実を言うと件の女というのは何らかの情報操作でキョンの記憶が書き換えられているだけで実は存在しないんじゃないかとずっと考えていたのです。

その辺り、仰る通りで「それでも佐々木の存在自体が仕掛けである可能性が消えたわけじゃない」というのはありますよね。
何せ、ここまでさんざんキーワードとして「記憶」というものが出てきていますしね。
僕も思っていることはありますが、そこに関しては言葉にすることは保留しておいて、「驚愕」を待つ、という感じです。

>そして、※閉鎖空間にすら発散できないほどの※非常に深い鬱屈を抱えた人物です。

そう!そこがものすごく怖いというか、切ないところですよね。
序盤のキーワードになっている「顔にはめた仮面に本体を乗っ取られる」というところですよね。
そうなると、佐々木の本心は別の何かによって乗っ取られていることになりますし。
そう見ていくと、全ての会話が覆るんですよね。
そこが、αルートとβルートのあからさまな差のつけ方とも繋がって見ることができる部分なのかな、とも感じます。
どっちが「仮面」でどっちが「本物」なのか。
なんてな感じで。

>まあしてやられるのも楽しみのうちですよ!(負け惜しみ)

いやもう、まさに仰る通りで。「これは例の女だな」と思いつつも、「してやられたらどうしよう」なんてなことも思うわけですが。
でも、「よし、騙されるのなら気持ちよく騙されよう」って思いますよね。

>世界はいかにして分裂するに至ったか。
>それは、世間で喧伝されているように、選択がまだ行われていないか、そうでなければ、両方でハルヒにとってきわめて重要なことが起こるから、ではないでしょうか?

僕も後者かなぁ。
「仮面」と「本物」だと思うので、選択は無いと思うんですよ。
乗っ取られるか、持ちこたえるか。だからこそ、αルートが実はものすごく怖い印象があるんですよね。
だからといって、当然先の予想がつくわけもなく。
ただ、そこにメッセージが炙り出されてくるんだろうな、と感じています。
「世界の変容はイコール価値観の変容」というキーワードが示す通り、価値観の変容を認めない仮面と、受け入れる本物とがそこに顕現してくるのであれば、読む者にとっても、実は誰もが経験したことのある普遍性を伴ったドラマとなっていくのだと思います。

「仮面」は選択するものではなく、乗っ取られるもの。
それは、かなり痛烈なメッセージだな、と感じます。

>(字数稼ぎ、という一部のユーザーの邪推する余地を残してまで<バカじゃないの?)

あははは(笑)
山崎さんがそんな風に言うの、初めて見たかも^^
「字数稼ぎ」ねぇ。
作品が自身の心を映す鏡であるとするならば、「これは字数稼ぎだ。楽して儲けようとして得しようとしているんだ!」と感じる方は、そもそもご自身がそういう心根を持っていらっしゃるのでしょう。
その意味では、作品を受け取って何を発言するのかで、その人の人となりが見えてくる、ということはありますね。

>どちらにしても楽しみです。そう!それが言いたい!メチャメチャ楽しみ!

そうですよね!
いろいろ動いてくるんだろうな、という期待がものすごく高まります。
特に、ハルヒの心の動き。
そこに、はっきりと変化が現れるんだろうな、と思うと。
あ、これは告白の呼び出しだ、と分かっていながらそ知らぬ顔して待ち合わせ場所に行くかのような変に浮ついた気分になっちまいます。

>あ!どうでもいい話ですがスカートのプリーツ!
>いとうのいぢさんは設定に関してはかなりアバウトな方なので(^^;、アニメの設定に準拠しておいた方が堅いと思います!

アドバイスありがとうございます^^
カチューシャのリボンとか、アニメで初めてちゃんと設定ができたってな話がありますもんね(笑)
基本的に女の子の服って、どうしたって分からないことが多いので。いつも悩みます。
でも、プリーツ無しのお尻が、可愛いんですよねぇ…。
お尻。
大好きなんです(何の告白だ)。

ところで!
池波正太郎風「涼宮ハルヒの憂鬱」すげぇ面白い!!配偶者呼びつけて見せてしまいました。
これで一本書いて欲しい!!
「池波正太郎がハルヒの同人誌を作ったら」みたいな^^
長門対朝倉とか、読んでみたくなりますよね!
…いや、無理に書かなくっていいですからね^^;

今後も、そして30日にも、とっぷりと「~分裂」についても語り合いましょうね。
ではでは、またです!

投稿: だんち | 2007年4月22日 (日) 13:00

こんばんわ。山崎しんのすけです。

昨日ふと考えたのですが、我々はこれまでずっとハルヒと一緒に歩んできて、彼女を中心として考えることに慣れすぎているんじゃないかと。

佐々木が珍しく自分の感情をストレートに語った発言があって、それは「自己顕示欲が強い人間とそれを見て憎んでしまう自分の心が嫌いだ」という内容なのですが、これは深読みなどするまでもなく涼宮ハルヒを指してますよね。

ありがちな邪推ですが、これが佐々木の願望の裏返しであると考えるとこの物語の中においてはいろいろと面白いアイディアが浮かんできます。

つまり、自己顕示欲が強く、感情を常に表に出し、わがままを言うことを当然と思い、「キョンと」どこかに行きたいと思えばネクタイを掴んで有無を言わさず引っ張っていってしまうような涼宮ハルヒという人は、佐々木が自分のプライドとセルフイメージを総動員してそれでも「憎しみ」という心の揺れを生じせしめてしまうほど佐々木の願望を具現化した存在である。

つまり、ある意味、涼宮ハルヒは佐々木の理想である、と。(あくまでも仮定の上のことなので。)

さて、「分裂」の時間軸からすると四年前、佐々木にも「何か」が起こっています。しかし、橘京子たちにはわかりやすい能力は与えられず、閉鎖空間に入ってみても何も起こらない。前回の書き込みでワタシは「閉鎖空間にさえ発散できないほどの鬱屈」と書きましたが、ことによると佐々木さんは発散しているのかも知れません。閉鎖空間とは違う場所に。

それが、現実世界だったとしたら?

四年前、世界を根こそぎひっくり返すほどの力を手に入れた佐々木が、その能力を自分の理想の存在を捏造するためにだけ使ったとしたら?

閉鎖空間を静謐に保つためにはその懊悩を、感情に支配される醜い姿を世界と自分に晒すことなく解放してくれる誰かが必要だったのだとしたら?

そう考えれば考えるほど、涼宮ハルヒはその役目にうってつけと思えます。

「分裂」の終盤で中学時代の佐々木はキョンに、フィクションの主人公たちが都合よく振る舞えるのはそのように制作されたからだ、と言い放ちます。ならば、ハルヒが神の如く振る舞えるのは誰かがそのように制作したからではないのでしょうか?

四年前に発生した情報爆発は、一人の少女の人生を歴史をねじ曲げて捏造するときに観測されたものであり、その恐るべき歪みを吸収するためにそれ以前の時間平面への移動は不可能となった。平穏な精神を美徳であると考える佐々木にとって神のごとき能力など不要のものでありその力はハルヒに受け継がれ、回り回って古泉たち超能力者を生み出した。


なんていう妄想をしてみましたよ。まあこれだと回収できない伏線がいっぱいありそうだしいろいろとアレですが、涼宮ハルヒが「原因」ではなくて「結果」だと考えてみるっていうのは面白いんじゃないかと。「分裂」して生まれたのがハルヒ。とか。

まあこんな妄想をさせてくれるのもハルヒ世界の豊壌の証ってことで。


>「池波正太郎がハルヒの同人誌を作ったら」みたいな^^
>長門対朝倉とか、読んでみたくなりますよね!

うわあ(^^;勘弁してください(^^;
それでなくても自分のサイトの昔の小説(ドタバタ学校もの)を読んだ方に「こんな感じのマリみて本があったらいいですね」とか言われてグラグラ来てるんですから!(やるんじゃん)

まあ一本話じゃなくてあるシーケンスだけって感じですかね。本当に長くなるとボロが出るんですよ。

それではまた。

投稿: 山崎しんのすけ | 2007年4月23日 (月) 01:16

存外出遅れましたが(笑 今日書店で購入し、読了、即、だんちさんと山崎さんの感想を読ませていただいたところです。

>「世界の変容はイコール価値観の変容」というテーマ

>「分裂」して生まれたのがハルヒ

とても参考になります。実は先日「涼宮ハルヒの公式」に掲載されている谷川流×賀東招二対談を読みました。なかなか興味深かったのでそれを参照しつつだんちさんと山崎さんの説を補足できればと思います。

実はこの対談で谷川氏は「最終回のオチを準備しているが、そのオチにするかどうかはわからない・・そのオチに繋がることはやっておく」ということを仰っています。世界の崩壊よりも継続を選択した「憂鬱」、世界の改変よりもやはり継続を選択した「消失」、これらよりももっと本質的なオチが用意されていると読んでまちがいはないと思います。
そして別のインタビューで「小説で悲しいことは書きたくない。現実にそういうことはあふれているから・・」とも答えています。「空想<現実 空想>現実」 というエヴァのような二項対立を否定しているように見えます。

ここから以下はあくまで私見です。
まずハルヒと佐々木の共通点は「社会」的な悩みがない部分。2人とも本来友達も多く才能にも恵まれていますが、自己の空虚さ(本能うんぬん、1億分の1うんぬん)や刹那(もう二度とこないこの時)という老いや死など「世界」に絶望しています。ハルヒはそれを超克するために戦い、佐々木は諦念しています。こう考えていくと、実は同じく社会的な悩みがまったくないにもかかわらず、世界は退屈だと思っていた人物にキョンがあげられます。

「憂鬱」での「不思議なこともある世界>真新しい世界」や「消失」での「不思議なこともある世界>現実」という選択はエヴァの「現実>アニメ」に対するアンチテーゼになってはいたものの作品そのものの謎解き=オチにはなっていませんでした。なぜ涼宮ハルヒは神でSF世界が存在するのか、に対するオチ。そう考えると、キョンの夢オチ(作者キョンによる小説オチ等)以外想像することが難しくなります。

「憂鬱」でハルヒを止め、「消失」で長門を止めたキョン。さも今回が最終回に直結するかのように書きましたが(笑 オチがつくつかないいずれにしても今回の分裂もおそらく選択権はキョンにあると思われます(実は「あなたが望めば佐々木さんに神の権利は移る」と橘京子に言われています)。どういう選択肢になるのかは「驚愕」を読まなければわかりませんが、上記のインタビューから「小説を捨てて現実に帰れ」とと突き放したり「小説に没頭して現実を捨てろ」と強要したりする選択にはならないだろうと思います。「驚愕」が楽しみでしかたがありません^^

インタビューを参考にラストを予想するのはかなり反則的ですが、作者自身がそのオチにするかどうか悩んでいるとのことなので読者側もかなりスリリングでそれもありかなと思い、長々書かせて頂きました。
それでは・・ノシ 

投稿: ミント | 2007年4月24日 (火) 22:19

>山崎しんのすけさん、こんばんは^^
語ってくれてますね!!!「分裂」を心底楽しんでいらっしゃるご様子と、その喜びを分かち合おうとして下さって沢山書き込んで下さってとても嬉しいです^^
今回の感想も楽しく読ませていただきました。

僕もいろいろ語り返しをしたいのですが、ご存知のように今時間ありませんで…^^;
当日お会いした時に直接語ったり、また後日改めて思うことなんかをあれこれ書き込みたいなぁと思っております。

気がつけば、「驚愕」まであと1ヶ月ちょっとですね。二ヶ月なんて早えぇなぁ…。

それでは、後日改めてお返事をさせていただきますので、今回はこれにて失礼いたします^^

>ミントさん、こんばんは^^
「~分裂」を読んですぐこうやって書き込んで下さってありがとうございます!!
一緒に楽しもうとして下さって、本当に嬉しいです^^
それに、僕の長文も、山崎さんが書いて下さった感想も読んで下さってありがとうございます。

いろいろとお返事を書きたいのですが、今、申し訳ないことに自分の都合でちょっと時間が取れません…^^;
ですので、改めて後日またお返事を書かせていただきたいと思います。

お待たせして申し訳ありませんが、良かったら今後もあれこれ語り合いたいなぁと思っておりますので、また是非遊びに来てやって下さいね!!

それでは、今回はこれにて失礼いたします^^

投稿: だんち | 2007年4月27日 (金) 23:00

>山崎しんのすけさん、こんにちは^^
30日はありがとうございました!そしてお疲れ様でした。なんだか「分裂」についてはほとんど語りませんでしたよね(…どうでしたっけ?もしかして俺の記憶が飛んでるだけ?)。そして結局こうやってコメントであれこれ語り合うという^^
今度、「ハルヒ語りお茶会」でもしましょうか。割と近所だし。

今回の、佐々木こそが黒幕説、楽しく読ませていただきました。
僕も、佐々木とハルヒの関係性についてはかなり濃厚なものがあると思っています。
ただ、「驚愕」を読んでみないと何ともいえない、と保留しているところがあります。

僕の中での仮説としては、佐々木は「仮面」に乗っ取られている人物である、というものが濃厚です。
自分の感情を表すことができず、そしてそこにはそうできない理由があって、仮面をずっとつけてきていた。
だけど、仮面の奥の本心、あるいは本性を、かの三人組との邂逅によってさらけ出す時が来ることになるんだろうな、と思います。
仮面の奥で、何年も抑え込まれていた本心。
それは、恐ろしい情念を秘めているように感じられます。

対して、ハルヒはハルヒで。
過去のキョンとの接点を持ち、キョンの家族とも親しい様子の佐々木のことは、彼女の方から見ても、実は理想の人物なのでしょう。
その人物に触れて、自分の感情の大きな揺れを感じる。
で、今度は彼女の方が仮面をつけようとする。
キョンから見ても、「上機嫌そのもの」にしか見えない笑顔の仮面。
つまり、ハルヒと佐々木の入れ替わりが既に始まっているんだと思います。

引用されている「フィクションの主人公たちが都合よく振る舞えるのはそのように制作されたからだ」というのは、僕には「仮面」のことに思えるんですね。自分自身を「フィクションに置いてしまう」。それは、生徒会長のあり方のように。
そして、そういったことは、現実の誰にでも起こりうる、リアリティのある現象に感じます。

仮面に乗っ取られてしまうのか。
それとも、仮面を打ち払うことができるのか。

その戦いは、キョンの戦いのようでいて、実はハルヒ自身の戦いなのではないかな、と感じますが、果たしてどうでしょうね。

そして、「世界の変容は価値観の変容」ということでいうと、キョンは「いつ」「どこで」価値観の変容を体験したのか。
1年前なのか、はたまた4年前まで遡るのか。
そこもまた、「驚愕」で見えてくるのかなぁと期待しています。

と、佐々木とハルヒの関連性については言葉にすることを保留しているため、自分の思っていることをつらつらと書かせていただきました。
でも、今回書いていただいたような妄想はやはりしますよね。
あと約1ヶ月。
もう、好きなだけ妄想しまくりましょうね^^

そうそう。
池波正太郎版「涼宮ハルヒの憂鬱」。やる気満々だったじゃないですか!!しかも自分で首を絞めるようなネタを更に追加したりして。

≫それでなくても自分のサイトの昔の小説(ドタバタ学校もの)を読んだ方に「こんな感じのマリみて本があったらいいですね」とか言われてグラグラ来てるんですから!(やるんじゃん)

お。それは「飛ぶ暗室」ですか?楽しく読ませていただいて、三頭身のたがみよしひさの絵が思い浮かびました。なんでだろう?
ドタバタ「マリみて」も頑張って下さいね!(書くこと決定なんだ!)
小説を一本書き上げるというのは、かなり大変なことだと思います。でも、僕もそうですが、山崎さんの文章を楽しみにしている方が沢山いらっしゃると思いますので、死ぬ程頑張って下さいね^^

ではでは、またです!

投稿: だんち | 2007年5月 2日 (水) 17:54

>ミントさん、改めましてこんにちは^^
「分裂」を読んで、すぐにこうやって訪れていただけて、早速書き込んで下さってありがとうございます!
ミントさんの文章の感じは冷静な語り口なんですが、楽しんで興奮していらっしゃる様子がひしひしと伝わってきます。

これから、どうなっていくのか。
というところの想像を、とても喚起させられますよね。

僕も、谷川氏と賀東氏の対談、読みました。
賀東氏がフルメタ最新刊での後書きで、キャラクターが勝手に動き出すことについて書かれていましたが、やはり物語を作っているとどうしてもそういうことがあります。
それは、当然谷川さんにもあることだと思います。

キャラクターが実在かフィクションか、ということは書いている側にとっては問題ではなくなっていって、そのキャラクターにとっての現実がある、という状態が生まれてくるのだと思います。
そうなると、「ラストはこういう風に」と思っていても、果たしてそうなるかどうか。きっと「書いてみないと分からない」というところがあるのでしょうね。
それに、「小説で悲しいことは書きたくない」というのも、僕もどこかで目にしました。これも非常に分かります。
でも、キャラクターが生きたものになっていってしまうと、勝手に悲劇方向に行く者も出てくるかもしれませんもんね。
「書きたくない」と「書かない」は違うもんなぁとか思ったりしています。

僕は、今回は遂に「ハルヒの選択」の話になるんではないかな、と思っています。
キョンはもう選んでいるわけですから。
ハルヒにとって今起こりつつある「価値観の変容」は、既にキョンには起こっている。
佐々木にも起こっている。
となると。
あとは、ハルヒだけなんですよね。
で、現在、おそらくは「仮面」と「本心」に分裂している。
自分の本心を選べるのかどうか。

逆に佐々木は、仰られている「諦念」の「仮面」を投げ捨て、ここから「本心」を猛烈に発揮してくるように感じられます。彼女が既に「変容」を受け入れているのであれば、「仮面」を被っている必要は無いわけですもんね。
無茶苦茶キョン狙いですよね。佐々木。

やはり、このシリーズは思春期の子達にとって、非常に関わりの深いテーマをエンターテインメントとして昇華しつつ、見せてくれているように思います。それは、引き合いに出されている「憂鬱」や「消失」もそうですよね。
その作風、作品としての姿勢を見ると、今回僕が感じている「仮面」と「本心」というのは、選択として非常にリアルであると思えます。
だから、「仮面」の怖さ、本質的な救いの無さも、「驚愕」では見せてくれるのかなぁ、なんてなことも思います。

こちらを「突き放す」ことや「強要する」ことが無いというのは、僕もまったく同意です。
そういうものでは、まったくないですよね。
もっと、小説という「虚構」が小説を読む僕らの「現実」と寄り添って一緒に歩いてくれる感じで。
やっぱり、エンターテインメントっていうのは、そういうものだと思いますよ。
現実だけでは生きていけないし、虚構だけではやはり当然生きていけない。
共に歩んでいくものだよなぁって…。

む?

ということは、「仮面」と「本心」は共存すべきもの?

…ちょっと、なんだかとんでもない結論に辿り着いたような、そうでもないような?

「共存」という、「選択」以外の道もある?

まとめようとしていたら、いきなり変なモノが降りてきてしまったようです^^;

やべぇ。
「共存」
ちょっと、面白いかも。
…そのままずばり三角関係ってことか!!本妻は現実で二号が虚構。だめだ、どんどんリアリティのある話になっていく。
まとまらないよー。

コメントをいただいたことをいいことに、好き勝手にお返事を書かせていただいていたら、止まらなくなってしまいました^^;
やはり、こうやって同じ作品を楽しんで意見を交換し合ったりすると、刺激を受けて、それまでは考えてもいなかったことが浮かんでくるものですね。
物語の先がどうなっていくのかを想像することもスリリングですが、同時にこうやって作品について語り合うことも、僕にとってはスリリングなところがあります^^

今後とも、共々にスリリングに語り合いつつ、スリリングに物語の先を楽しみにしていきましょうね!

ではでは、またです^^

投稿: だんち | 2007年5月 2日 (水) 18:51

うほぁっ!コメントが付いている(^^;

こんばんわ。山崎しんのすけです。お疲れ様です。作業のダメージからはそろそろ回復なさいましたでしょうか。

「驚愕」までついに一ヶ月を切りました。楽しみですねえ。その前に自分のやることをちゃんとやらないといけないわけですが。

考えてみれば、ハルヒを佐々木が生み出すことが可能なのであれば佐々木をハルヒが生み出すことも可能なんですよね。

ただ、「仮面」というキーワードを軸に考えると、いくら自分の共有できない時間を佐々木がキョンとともに生きているからと言って、彼女のような制約の多い生き方はハルヒの理想としてはふさわしくないような気がします。

さて、拙作に「涼宮ハルヒと繰り返す悪夢」というのがあるわけなのですが(宣伝かよ)、人間は願望だけを膨らませるわけではなく、むしろ漠然とした恐れのようなものの方が心の中では育ってしまいがちなものですよね。

そう考えると、佐々木の生き方がハルヒの恐れとか不安を象徴していると考えれば、先程の推論も一応成り立つわけなのですが。「仮面」を被って生きていかなければならないことを聡明なハルヒが感じ取ってしまったことによる漠然たる恐怖。

とはいえ、業界きってのクセ者である谷川流氏はそんな想像の遙か斜め上から軽やかにジャイロボールを投げてきそうな気もするわけなのですが。松坂打たれたけど。

ますますまとまりませんが。
それではまた。

投稿: 山崎しんのすけ | 2007年5月 6日 (日) 00:27

山崎しんのすけさん、こんばんは^^

まだまだダメージは深刻です…。
眠っても眠っても眠い…。

「仮面」というキーワードは、こうやってコメントのお返事をさせていただいているうちに「かなり重要なのでは?」と思うようになってきました。

仰られている「恐怖」や「不安」というものもまた、今回の一連のお話にはかなり重要な鍵になるものにも感じられます。
それは「変容」に対する不安や恐怖、ということとして僕には感じられるんですね。
それは、2年生に進級したという変化と、クラスの面子がほとんど変わっていない、という不変化とに象徴されるかもしれません。

変化はしていく。
だけど、変化を受け入れていくのは怖い。

そういう気持ちはやはりあるでしょうし、それがましてや恋心なんていうものにおいてあるのであれば、それはもう、不安と恐怖がわんさか押し掛けてきて当然ですもんね。

>「仮面」を被って生きていかなければならないことを聡明なハルヒが感じ取ってしまったことによる漠然たる恐怖。

満面の笑顔の仮面という、かなりヤバイもんを付け始めているハルヒにとって、もし、仰られるように佐々木という存在がハルヒにとっての仮面そのものであったとしたら、まさに仮面そのものに全てを奪われる危機なわけですね。
なかなか、怖いものがありますし。年頃の少年少女の心のことを思うと、なんともいえないリアリティを感じる部分です。

でも、ミントさんへのお返事で書いたように、「選択」という手段だけでなく、「共存」ということもまた、ありうるような気がして興味が尽きません。
生きていれば、恐怖や不安はどうしたってつきまとうわけですしね。
さて、どうなりますか。

個人的には、「驚愕」が出るよりも前に「SweetHome」を終わらせたいけれども…^^;

何はともあれ。
僕は谷川流氏のど真ん中ストレートが来るんじゃないのかなぁと思っております。
捕球すると手が痛くなっちゃうくらいのを、どーんと投げて欲しいなぁ。

ではでは、新刊、頑張って下さいね!!
またです^^

投稿: だんち | 2007年5月 9日 (水) 22:43

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/68871/14672419

この記事へのトラックバック一覧です: 「涼宮ハルヒの分裂」を読んだ。:

« 「映像言語」と「漫画言語」の具体的な違いの例。 | トップページ | 「ロミオ×ジュリエット」第1話を見た。 »