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2007年8月27日 (月)

「らき☆すた」第19話を見た。

 おはようございます、だんちです。TVKにて「らき☆すた」第19話を見ましたので感想を書きたいと思います。
 コミケがあってだいぶ間が空いてしまいましたので、要点を簡潔に、という体で書ければ、と思っておりますが、果たしてどうなりますか。

 細かく見直す余裕が無いので、覚えている印象で書いてしまいますが。
 18話の感想で、制作者の代理的立場としてのアニメ店長が退場し、代わりに、作り手そのものであるひよりが登場し、受け取り手と作り手のコミュニケーションズギャップを埋めていくための鍵が揃った、という感じのことを書きました。
 …書いた気がします。確かそんな感じだった。

 なので、この19話は、ひよりと、ひより以外がどういう風に描かれていくか、にすごく興味があったんですね。

 ところが、Aパート。まったくひよりは登場しなくって。
 見ていると、Aパートは「ユーザー」である人物達のエピソードに集中していて、ユーザー側、受け取り手側の姿を描いているように感じました。
 で、Bパートに入ると、待ちに待ったひよりオンパレード!!
 おぉ!こうきましたか!
 と、思ったものでございます。
 BパートはAパートとは逆に「作り手」の姿を集中して描いていて、見せ方をはっきり分けていましたね。

 つまり、「作り手」は登場はしたけれども、まだユーザーとの本格的なコミュニケートはしていないんですね。

 同じ地平に、受け取り手と作り手とが同時に存在している様子を、半分に分けて、等分に見せてきたように、僕には感じられました。
 そこに、コミュニケーションの下地が見えてくるのかもしれないな、と思います。

 コアなユーザーであっても、ちょっと怒りっぽかったりしても、ちょっと将来が心配になるような幼さがあっても、天然さんであっても、体が弱くても、口下手で誤解されやすくとも、自分の世界を確固として持ちすぎた表現者であっても。

 皆、同じ地平で生きていて、いつでも触れ合える距離にいる。

 それぞれが、ちょっと理解できないような「他者」としての領域を持っていたとしても、それは当然のことで。それがありつつも、お互いのことを知り、尊重しあって、友達になっていくことはできる。

 そういった関係の基礎になる部分が、、AパートとBパートがはっきりと分けられることで描かれていたように感じます。

 僕にその見方を与えてくれたのは、こなた相手に滑りまくったアニメ店長だったわけですが。こうしてみると、彼のコミュニケーションズギャップのありようは、この作品の中で非常に意味があったように思えます。
 彼は、絵柄が完全に違うことやテンションがまったく違うことで、「同じ地平」で生きているようには、どうしたって見えないんですよね。
 その意味では、彼の失敗は「自分は違うところで生きている」という、自分の世界観を持ちすぎてしまっているところに原因があったのかもしれないですね。
 そういや、あきら相手にすれ違いの主張をしまくっておりましたし。
 あれじゃ、ダメだ。
 ってことですね。

 作り手の代理的立場だとしたら、あまりにも不遜で勘違いした態度だったわけですが。

 だからこそ、代理的立場だったのだな、とも思えます。
 作り手の悪い部分を代理していた、ということですね。
 業界の中でつるんで他者を見下し。
 自分の世界観ばかり押し付け。
 通用しなければ他者こそが悪いと嘲笑う。

 いや、アニメ店長はそこまでの描かれ方をしていたわけではないですけれども。
 彼の立ち位置が、受け取り手と完全にズレてしまっているところに、象徴されていたように感じるんですね。

 僕なんかだと、十数年前の青年誌の根拠の無い「アニメ蔑視」を思い出しますよ。アニメはどんな作品であっても絶対に否定するし見下すし、作家がアニメ絵的な美少女、美少年を描くなんてことは、間違ってもありえませんでした。アニメ絵は絶対NG。根拠は無く、それが暗黙のルールでした。
 アニメとは違う話ですが、某少年誌の編集者に、「コミケなんて、人がいくら集まったって所詮マイナーだろ」と言われたこともありましたね。
 その編集氏は、当時まだ始まっていなかった「バガボンド」の連載開始のことを教えてくれて、「井上雄彦が『宮本武蔵』って、どうなんだよ」と鼻で笑っておりましたが、その情報を聞いた僕はソッコー配偶者に電話して「すげぇ連載が始まるんだよ!」と興奮して伝えたものでした。以後のヒットはここに書くまでもなく。

 似て非なる業種といえども、やはり似たような「立ち位置の勘違い」は、アニメの世界にだってあることでしょう。

 その勘違いをアニメ店長が、全く違った世界観を持って表現してくれていたように思えるわけです。
 で、最後まで彼の言う「お客様の満足」を彼は誰にも与えることができず、作品の中から退場し、今度はひよりが登場するわけですね。
 登場人物達と同じ世界観を持って、同じ世界の住人として。

 彼女は、作り手のどういった部分を代理して象徴してくれるのか。

 現実の世界で、一生懸命ものづくりをしている、一人の作り手。
 そのものの姿を表現しているように思えます。
 それは、「逞しい」という言葉で何度も言われる姿でもあるわけですが。
 立ち位置を勘違いした者が、臆病という不遜さでコミュニケートできないのであれば、ひよりは現実の中で友人達と日々コミュニケートしながら、その一方で非現実を一生懸命作り上げようとする逞しさを持った者。
 その逞しさは、普通に生きて、普通に作品を作る、という、その繰り返しをすることなんだと思います。
 真っ白な灰に燃え尽きるまで作品を作ることに、見返りも何も考えず、ただ「あたし、今すごく輝いている…」と感じる。
 純粋にただ、作り手である、ということ。
 彼女は、「そっち」の代理。

 アニメ店長が「勘違いした作り手」。
 ひよりが「純粋に一生懸命な作り手」。

 で、あるとするならば。
 作り手にも二種類あること(もしくは二種類の段階、あるいは内面の領域)が示されたということになりますね。
 僕がそう思うのは、僕が作り手で、この二種類を体験してきたからかもしれません。
 この二種類の出し方に、様々な意図を感じてしまうのも、やはり作り手の一人だからなのでしょう。

 実写エンディングが「同じ地平」であることを強調しているものであるならば、「勘違いしたくないんだ」という思いと、「ごめん…ちょっと勘違いしていたことがある」という反省とが、そこには込められているのかもしれませんね。
 やはり。
 作り手は…。
 この二種類を体験することが、多いんだと思うんですね。

 そういった部分も含めて。
 この作品を「作らなければいけなかった」というところは、あるんじゃないかな、とますますもって思います。
 「らき☆すた」を作らなければ、「勘違いした作り手」まっしぐらになってしまう。
 そういう危機感もあったのかもしれません。
 一応は作り手の側にいる人間としては、その「勘違い」の先にある「情けない末路」の恐怖は、分かるように感じますし…。

 すごく遊んで作っているようでいて、この作品は実はものすごく必死に作られているように、僕には感じられます。

 作り手が。
 「ひより」になるため、あるいは「戻る」ため。
 そういう必然を持った作品だと見ることも、できるのかもしれません。

 「ひより」という「鍵」が、この後、さらにどのように描かれていくのか。
 こなた達とどう絡んでいくのか。
 ひよりがあの場にいる、ということだけでも充分役割は果たしているのかもしれませんが、果たしてどうなりますか。
 アニメ店長の描き方に対するカウンターであるのならば、思ってもいない存在感を見せてくることになるようにも思えるのですが…。
 次回以降も、その点を含めて楽しみにしたいと思います。

 そんな風に、ひよりの描かれ方にとても興味を持っているわけですが。

 実は、「作り手」は作中でもう一人いるんですよね。

 こなたパパ。
 
 彼は、作中では特に作り手らしいことは何も見せていなくって、さり気なく「作家さんですよ」という姿を見せているだけなんですね。
 タヌキというか、なんというか。
 傍観者的に、なんでもない風を装っていて、ユーザー側に混ざっていたりするけど、あの男の描かれ方も、ちょっと興味があります。

 実は、究極の作り手だったりして。

 さて。
 今回、手短でしたね!!
 …嘘です。
 ひよりが絡むと筆が進みますね。
 なんだろう。ひより好きなのかなぁ。
 ひより、描くしかないか!
 あのデコを!!

 神奈川では今日の深夜、21話の放送ですね。20話はもう視聴しているのですが、その感想はまた後日ということになりそうです。

 楽しく視聴しつつ、作り手としての感情移入もしながら、また楽しく感想を書きたいと思います。
 この感想は、ちょっと今は読み直しをしないでとりあえず書いたまんまアップします。後で読んでみて、誤字脱字や意味不明の文章を発見したらその都度修正していきたいと思います。

 いつも長文&分かりにくい文章を読んで下さってありがとうございます。
 次の感想も、良かったら読んでやって下さいね。

 ではでは、またです!

 参照:「映像言語」と「漫画言語」の具体的な違いの例。
    : 「なぜアニメの感想を書くのか。どういったスタンスで書くのか。」
    :「物語り人(ものがたりびと)」であること。…学習機会レポート2
    :「物語作りの基礎。普遍的土台と誇張表現の調和により生まれる適度な感情移入…学習機会レポート」

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