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2008年8月26日 (火)

「幅を広げる」ことの意味。

 こんばんは、だんちです。最近思ったことを書きとめたいと思います。
 テーマは「幅を広げる」ということについて。
 自分の経験から掴んだことを書いているので、長いです。年寄りは話が長いのですよ。

**********

 僕は漫画を描いているわけですが、若い頃に仕事先の青年誌の担当さんから「幅を広げよう」と言われたことがありました。
 それは、自分が得意としている見せ方、描き方だけでなく、違った表現方法、アプローチを身につけよう、ということでした。
 漫画に限らず、スポーツ、仕事、様々なことにおいてこの「幅を広げる」ということが言われるのだと思います。

 僕の場合、その時の「幅を広げる」試みは大失敗に終わりました。

 それまではそこそこ順調に仕事をさせていただいていたのですが、それまでとは違うものを描こうということになり、結果、一年ほどただひたすらネームだけを描く日々になってしまいました。
 描いても描いてもボツ。何を描いてもボツ。担当さんのOKが出てホッとしても編集会議でボツ。
 幅を広げるどころか、自分が何を描けるのかすら見失いそうになりました。

 そこで、ボツになったネームの一つを一旦原稿にして別の所(少年誌)に持ち込んでみました。その作品は月間賞か何かに出されて佳作だったかになって、ちょっと光明が見えて。
 でも、そこでもやっぱりただひたすらネームを描くばかり。なんとかかんとかいい感じのものが描けて、担当さんから「これをもっと長くして会議に出そう」と言われ、ページ数を増量したところ、編集会議で「長すぎる」とボツ。

 そういうことにいい加減うんざりしていたので、また別のところに持って行こうと考えました。

 僕はその頃、「女の子」を描くことがとても不得手でした。
 編集さんからそのことを指摘されることも当然あって、ある編集さんに「君の好みの女の子は例えば誰?」と聞かれて、その当時好みだったので「鶴田真由です」と答えたら、「しかし、君には鶴田真由は描けない!」とか、なんだかとても言ってやった感たっぷりで言われたりしたこともありました。おそらく悔しい思いをさせて練習に励ませようということだったのでしょうね。

 悔しさ、というのは実際あったのだと思います。「女の子が描けない」と言われることは何度もあったので、「『描けない』って何だ?」と。「描けない」という表現に対して、強い抵抗感を抱いていました。
 主観的には「描けない」という自覚はまったくなく、絵として下手であっても、ネーム上、物語上で女の子を描くことはできている、と思っていたからです。

 僕の中では「描ける」というものが、あったんですね。

 なので、「俺にも女の子が描けるはずだ。よし、エロ漫画を描いて持ち込もう」と思うようになり、実際に描いて、あるエロ漫画雑誌に持って行きました。

 そこでまず言われたことが、「ネーム上手いね」でした。
 一番自信があり、なのに、ずっと(結果的に)否定され続けていて見失いがちだったその部分を、まず最初に認めてもらえた時の気持ちは、今でも忘れることができません。本当に嬉しかった。
 絵の部分には当然問題があったとは思いますが、ありがたいことに、その雑誌で仕事をさせていただけるようになりました。

 持ち込んだ原稿は買い取りになり(後に掲載)、改めて新しく一本描くことになって。
 エロい話としての読み応え、漫画としての面白さには自信があって。「女の子を描けない」なんて意識は当然まったく無いまま描いて。
 それが掲載されて。
 「アンケートも割りと良かったよ」と編集さんに言われて。

 意識していないつもりだったけど、それまでの「描けない」という呪いのようなものから解放される気分になりました。

 アンケートがそこそこ良かった、ということを聞かされた後、僕は買い物に出て外にいるにも関わらず、「当然だ!当然だ!」とぶつぶつ口にしながら歩いていました。
 改めて思い返しても、自分がよっぽど追い詰められていたんだな、ということを感じます。

 その、最初に掲載されたエロ漫画を描いた時に、初めて僕は「漢弾地」というペンネームを名乗りました。
 それ以来、僕はエロ漫画、レディースコミック、と女の子や女性を描き続けています。

 結果的に、僕は「幅を広げる」ことに成功しました。

 そこからは、一気に世界が開ける感じがあって、より自分のエロ表現を追求しようと、オリジナルSM漫画の同人誌を作ってみたり、二次創作をするようになったりしました。

 先日の夏コミで新刊を作れず、過去に描いた二次創作の総集編本を編集した時。
 古いファイルを見ていて、その原稿を描いていた当時の自分が、自分の中のエロをどうやって表現するかを攻撃的に、のびのびと、そしてどこか確信を持って一生懸命模索している様子を感じました。

 「あぁ。『俺はもっと何かできる。もっと表現できる』って幅を広げようとしているなぁ。『幅を広げることができる』って信じて描いているなぁ」と感じて、それをきっかけに、「幅を広げよう」と言われたり「女の子を描けない」と言われたりしてきたことを思い出したんですね。

 思い出したことでやっと、最初に「幅を広げよう」と言われてから、「女の子を描けない」と言われ、それでもエロ漫画を描くようになり、現在に至る自分のことを俯瞰して見ることができるようになりました。

 そのことにより、「幅を広げる」っていうのはそうか、こういうことだったのか、と自分の中で明確に掴めたように思います。

 僕が最初に言われた「幅を広げる」は、「できないことをできるようになる」というニュアンスでした。
 「できない」ことは、結局「できない」ままでした。
 「描けない」と言われていた女の子を描いて仕事をすることはできるようになりました。でも、僕は自分で「女の子を描けない」と思ったことはありませんでした。
 つまりそれは、「本来できるはずのこと」が「できるようになった」ということとして捉えることができます。

 現象として客観的に見ればそれも、「できなかったことができるようになった」ということにはなるのでしょうけど、「その人にはどうしてもできないこと」と「本来できるのに、できていないこと」は区別して考えないと、大変な失敗をする恐れがあるのだと思います。

 人間の中身を「器」に例えることがありますが、その器の大きさ、形は人それぞれのものがあると思うんですね。
 未熟なうちは、その器の形はいびつで大きさも小さいものだったりするのかもしれない。
 それが、経験を積んだり学んだりすることによって形も大きさも整っていくのかもしれない。
 そして。
 それが、「幅を広げる」ということであるのかもしれない。

 つまり、「本来の幅になる」、「本来の幅に近づいていく」ということですね。
 だから、「本来の幅」から逸脱していることは、やっぱり「できない」。

 自分の経験を振り返ってみても、最初に「幅を広げよう」と言われて自分に描けるアプローチとは違う方向性を模索した時は「俺はこれはできないと思う」と感じていたし、「女の子を描けない」と誰から言われても「いや、描ける」と自分だけは思っていました。
 「できる」ことと「できない」ことは、自分自身には分かっているものなのかもしれません。

 そして、二次創作総集編本を編集していて、「この時の自分は『できる』と感じることを広げようとしているんだな」と気付いた時に、「本来できることを、一つ一つできるようにしていくことが『幅を広げる』ことなんだな」と認識することができました。
 そう思えるのも、これまでのことがあったからで、様々な経験を積ませて下さった全ての方々に感謝の念でいっぱいです。

 今の自分のことを、「幅が狭い」とは思いません。でも、「幅が広い」とも思えません。
 まだまだ「できる」ことがあるはずです。
 これからも、もっともっと幅を広げていけるよう、努力と経験を積み重ねていこうと思います。

 時には、攻撃的に。大暴れするくらいの気持ちで。

 
 
 以上「『幅を広げる』ことの意味。」でした。

**********

 夏コミで二次創作総集編本を作る時、「前に進めないなら、過去を振り返るのもいいのではないか」と思ったことで掴んだことの一つがこれでした。
 残念ながら新刊を作ることはできませんでしたが、とても意義のある本作りになったように思います。

 新刊出せない時に、「転んでもタダでは起きないぞ!」という気持ちはあったのですが、やはり何事も経験ですね。やってみて感じること、思うことはいろいろあるものです。
 その意味では、過去編集さんからいろいろ言われたり、それで上手くいかなかったりしたことも、いい経験で。苦しんでいる当時はそりゃ愚痴もいっぱい出たけど、人生無駄なことはいっこもないっすね。

 こうやって書いた記事が、読んで下さった方にとって少しでも意義のあるものになるのであれば、幸いでございます。

 ではでは、またです!

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コメント

だんちさん、初めまして。いつもブログ拝見しています。

今まで応援コメントも送れませんでしたが、
今回の”「幅を広げる」ことの意味”を拝見して
初めてメッセージを送ってみます。

こういう事を言われるのはもしかしたら嫌かも知れない、
と思い控えていましたが、私は女です。
所謂腐女子な訳ですが、男性向け作品にも抵抗が無く、
検索からたまたまだんち様のブログを発見して
拝見させて頂きました。
今回のブログの文章を見て、「あぁ、だからだんち様の
エロは、見ていて面白いんだなぁ」と感じました。
男性向け作品に対して抵抗はなくても、好みでない
作品の方が圧倒的に多いのですが(それは私が女だから
ですので、作品の質がどうこうという話ではないですが)
だんち様の作品は、どれも好みで、引き込まれるように
読み、全てを読破しました。とても面白かったです。
それは、だんち様がしっかりとした考えに基づいて
漫画を書いているからなんだなぁと感じまして、
1ファンとして応援メッセージを送らせて頂きました。

ちなみに私は、ハルヒ作品のファンです。
格闘技に疎い私ですが、今連載している「虹」は
バトルシーンの迫力に圧倒されて、目が離せません。
続きがとても気になります。
それと、「SweetHome」もとても素敵でした。
ハルヒ作品は女の子の可愛さが魅力だと思うのですが
まさしくその魅力が全面に出ていて、ほのぼの、
時にドキドキで、偉そうな言い方になってしまいますが
完成度の高さに驚きました。
無料でこんな作品が読めるなんて、とても幸せです。
どの作品を拝見しても思う事なのですが、だんち様は
日本言の扱い方、心理描写がとても素敵ですね。
ですので引き込まれるのだと思います。

今度レディースコミックもチェックさせて頂きますね。

長々と書きましたが、見苦しい乱文申し訳ありません。
これからも応援していますので、お体に気を付けて
頑張って下さいね。

投稿: MOMO | 2008年8月26日 (火) 09:42

本来できることを、一つ一つできるようにしていくことが『幅を広げる』という言葉を聴いて 
あぁ そうなのかもしれないと感じました。仕事をしていて今の状態がきつい
けどもう1歩さきまでがんばれたら今の自分より強くなれるかもとがんって耐えるときもあるけど
自分にはこれだけは無理だと、おもってしまうとそのしていることは上手くいきません。
今きつい状態でこの記事を見たとき自分の中でいろんな考えがうまれ
これをらを考えながら答えをみつけていきたいです。
毎度のこと日本語がおかしかったり、何が言いたいのか分からないかもしれませんが
自分の中でちがった1歩が踏み出せそうなのでなにか気持ちをつたえたいと必死に文を書かせてもらいました。
だんちさんのような文のかきかたができるようになりたいです。(絵だと絶対無理だとおもうので…
では、まだまだ昼間もあついですががんばってください。

投稿: シェラ | 2008年8月26日 (火) 18:02

>MOMOさん、こんばんは。初めまして。いつもブログを見て下さってありがとうございます^^この度は記事を読んでいただきコメントを下さって重ねてありがとうございます!

こちらこそ、偏ったブログでコメントを書きにくかったのではないかと恐縮です^^;
どういった経緯でいらっしゃって、どういうスタンスでご覧になって下さっていたのかも丁寧に仰っていただき、そして温かい励ましと感想をいただけて、とても嬉しいです!

僕の方でも女性向けに対して抵抗等はなく、親しくさせていただいている女性向けの活動を頑張っていらっしゃる描き手の方々もいます。

女性のMOMOさんから見て、僕の描くものが好みに合っているとのことで、楽しんでいただけてとても嬉しいです^^
同時に、多くの男性向け作品が好みには合わないことが性別から来る問題として冷静に分析されている点に、気付かされることもあります。
というのも、僕自身、男性向け作品を描きながらも「少し異質なんだろうな」ということを自覚していて、仰っていただいたことは僕にとって裏づけの一つになるお言葉に思えます。
その「異質さ」はきっと僕の個性なのでしょうね。そこを伸ばしていくことは面白いのではないか、と改めて感じさせていただきました。

それにしても、漫画を全部見て下さったとのことですが、やたらと描き散らして分量も多く、リンクをいっぱい開いたり探されたりする手間も沢山あったと思います。お時間もかかったと思いますが、読んでいただけて本当に嬉しく報われる思いになります!

「虹」や「SweetHome」も楽しんで下さってありがとうございます^^
格闘技シーンは先日アップしたあたりからいよいよ女性置いてきぼりになるなぁと思ってもいたのですが、迫力があると仰っていただき、格闘技について分かる分からないは関係なく、楽しんでいただける部分があるんだと感じ、ホッとします。
いろいろと分からない部分は出てくると思いますが、キャラクターの心情のところは伝わるものになるよう、気をつけて描いていこうと思っています。

「SweetHome」は、読んで下さった皆様に育てていただいた漫画でした。原作の魅力、キャラクターの魅力が素晴らしいものであることから、こちらが思っている以上に多くの方に見ていただいたり応援していただいたりして、持っている力の全てを出そうと自然と頑張れたところがありました。
その意味では仰っていただいた「女の子の可愛さの魅力」「完成度の高さ」は、原作の素晴らしさと読んで下さった皆様が与えてくれたものなのだと感じます。

ブログでこうやってアップしていることは、僕にとっての漫画の原点「教室で授業中に落書きして『ほらほら』ってクラスメイトに見せてみんなで楽しむ」感じを忘れないようにする(もしくは思い出す)ためなんですね。
その経験が仕事の方にも確実にいい影響をもたらしていると思いますし、漫画を描く楽しさを常に感じていられて、僕の方もこうやって見ていただけて幸せです。
MOMOさんも「クラスメイト」ってことで^^

台詞の扱い方、心理描写の部分、お褒めいただき嬉しいです!
実は…記事には書かなかったのですが、この自分の得意部分に関して「そこが上手いのは分かったから、別のところを伸ばそう。幅を広げよう」って言われて、その部分を封印していく形でスランプに陥っていったんですね。
「いや、ここは俺の武器なんだから。ここを徹底して伸ばす」と抵抗できなかった自分が浅はかだったわけですが、改めてこうやって仰っていただけて、「やっぱり、それが俺の武器なんだなぁ」と実感させていただけて、とてもありがたいです!

レディースコミックの方も見ていただけるとのこと、大変嬉しいです!
最近はケータイ配信がメインになりつつあるジャンルですが、無料サンプルなどもあると思いますので、お暇な時にでも探していただけるとありがたいです^^
うおー仕事頑張らなくちゃ!

こちらの方こそ長々としたお返事になり申し訳ありません。
これからも、偏ったネタだったり分かりにくいものだったり、いろいろ描いていくと思いますが、少しでも楽しんでいただけたら、と思います。是非また見てやって下さい。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

ではでは、またです^^

投稿: だんち | 2008年8月28日 (木) 23:28

>シェラさん、こんばんは。記事を読んで下さってコメントをありがとうございます^^

今回書いたことは、基本的には仕事をすることで掴んできたなので、何か少しでも人の役に立つ普遍性があるのではないか、という気持ちがありました。なので、シェラさんにとって何かしらヒントになる部分があったのだとしたら、とても嬉しく、書いた甲斐があります^^

≫自分にはこれだけは無理だと、おもってしまうとそのしていることは上手くいきません。

本当にそうですね。とても実感します。「無理かもしれないけど、やれるかな?」と思っても後になって「いや、これやっぱりできない」と気付くこともあり、できないことは「できない」と判断して伝えないといけないなぁということを、僕も常に反省しています。
今きつい状態ということですが、シェラさんがそこから何かを掴み、答えを出されることを信じています。そして掴む何かがあったら、そのことをまた誰かに伝えていけるといいですよね。

必死に書いて下さったとのこと、とてもありがたいです!
すごく伝わってきますし、嬉しいです!
僕も今回けっこう頑張って書きました^^
何度も削ったり書き足したり読み直したり。それでいつもくどくなって長文になってしまうんですけれども^^;
最近天気が無茶苦茶で疲れますが、お互い、仕事やいろいろ、頑張っていきましょうね!

ではでは、またです^^

投稿: だんち | 2008年8月31日 (日) 18:27

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