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2008年10月14日 (火)

「とらドラ!」の大河ちゃんを描いてみた。あとメモ。

 こんにちは、だんちです。描いてみたくなったので、「とらドラ!」の大河嬢を描いてみました。
 竜児のチ○○○ンを欲しがって震えているのでございます。
 あと、今期のアニメを見ていて感じたことをメモ。

欲しがる大河ちゃん
Taiga01
(リンク新窓)

 初めて描いてみました。
 モザイクかけて遊んでみたけど、すぐ分かりますかね。

 モザイク無しはこちら。(リンク新窓)

 裸であることに意味はなく。
 大河かわいー。竜児とのコンビがすげー好きです。また描いてみよう。

 
 メモ。
 
 今期のアニメを見ていて、主人公の男の子が「料理ができる」とか「家事ができる」とか、そういう子が多いような気がします。
 際立って料理ができるのは「とらドラ!」の竜児だろうけども。「かんなぎ」の仁君もご飯の用意とかお茶出しとかできるし、「禁書目録」の当麻も普通に料理できるし。
 現代的な主人公像といえるのかもしれませんね。

 物語の世界は現実世界を様々な形で反映するものですから、興味深い現象に感じます。

 見ていて感じるのは、生活のための家事ができる男の子には魅力がある、ということです。
 とりたててケンカが強かったり、際立った能力がなかったりしても、「家事ができる」「料理ができる」ということで、キャラクターに魅力が備わり、ヒロインとの絡みなどに説得力が生まれてくるように思うんですね。

 アプローチとしてそれは「餌付け」という形になるわけですが。

 別に美少年ってわけでもない主人公が、美少女ヒロインにご飯を食べさせる。
 その行為一つで、恋愛の条件が整う感じがするし、ドラマが息づく感じがするんですよね。

 主人公が「優しくて面倒見がいい」ということをエピソードで示せるんでしょうし、「それを食べるヒロイン」というのも、心を開く(あるいはきっかけの)姿として示すことができるようにも思います。

 単純に言って、「女に飯を食わせる」というのは、男として持つべき普遍的魅力なのかもしれませんね。
 現実世界でもデートの誘い文句に「今度一緒に食事でもどう?」なんてのがあるわけですし。
 物語の主人公が台所に立ってご飯を作って女の子に食べさせるということは、ある意味、非常にセクシャルな魅力であるのかもしれない。

 それが、現代的な夢の見方なのかもしれませんね。

 現実が等身大からはみ出すことがない現代だからこそ、「セレブ」なんて言葉が定着して、そういった文化背景を求める人もいるだろうし、そこに夢を見ることもできるでしょう。でも、物語がそういう世界を描く時は、そこにある現実の苦しみは普遍的なもので、それを乗り越えることで掴めるものがある、というような形になるように思います。
 詰まるところ、今日を生きて明日も生きる、そのための生活力、生命力があるところに逞しさや魅力を求める。
 そういう夢の見方が、物語に反映されているのかもしれない、と感じます。

 その形の一つが、「男の子が料理して女の子にご飯を食べさせる」というものに思えます。

 ふぅむ。
 やっぱり、こうして字にしてみても、どこかセクシャルな雰囲気がありますね。

 男の子が作ったものが、相手の女の子の口に合う場合、感覚の共有が存在することになるのでしょうし、それは互いの舌と舌とが同じものを「美味しい」と感じることだから、気持ち良くキスするように、心が接近するエピソードになりうるのかもしれない。

 そのセクシャルな感じには、「女の子を受け止める」という要素が含まれるんだろうな、とも感じます。
 要は、「父性」ですよね。
 女の子がご飯を作って男の子に食べさせる場合は「母性」ってことになるのでしょう。
 でも、今は「父性」の方こそが物語に求められている、というところはあるのかもしれない。

 あ。でも。
 料理ができて家事ができる男の子に「父性」と同時に「母性」を求めるところもあるのかもしれない。
 「とらドラ!」の大河なんかは、竜児に両方求めているところがあるように思えるし。

 男の子が、女の子にとって「父」であり「母」であり、そして同時に「一人の異性」である、とするならば。それは、一人の人間としてとても強く魅力的である、ということになるのでしょうね。
 それは、充分「ヒーロー」と呼べるものなのかもしれない。

 逆に、面倒を見てもらって「餌付け」されたヒロインに求められるのは、「裏切らない」「恩を忘れない」という「仁義」の部分なのでしょうね。

 そうなってくると、飼い主と犬のような関係ともいえて、見方によっては「対等」ではないんですよね。
 でもそれは、「男の子に真の強さが求められている」なんていうこととして受け取れるのかもしれないし、だからこそ「現代的」な夢の見方だといえるのかもしれない、と思えます。
 そして、「餌付け」に擬似的なセックスを見ることができるとするならば、そういったシーンが増えてくること、あるいは求められることは、男女関係を健康的に力強く促していくポジティブな現象だと見ることができるかもしれません。

 ご飯を作って女の子に食べさせる主人公達が様々な作品でどう描かれていくのか。それらのシーンを見ていってどう感じるのか。そこから何を学んでいけるのか。
 新たな学習機会を得られそうで、とても楽しみです。

 僕も、男の子が料理をするシーンを意識的に使っていけるよう、工夫をしていきたいものです。

 以上、メモでした。

 ではでは、またです!

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