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2009年7月 6日 (月)

「涼宮ハルヒの憂鬱・改」第14話を見た。

 こんにちは、だんちです。金曜深夜、MXTVとTVKとで連続で「涼宮ハルヒの憂鬱・改」第14話を見ましたので、感想を書きたいと思います。

 *放送内容のネタバレ、場合によって原作ネタバレを含みますので、未放送地域の方、原作未読の方はお気をつけ下さい。

 
 
 
 
 
 「エンドレスエイト」

 
 15499回目。不気味かつ深刻な雰囲気を感じつつ、とても楽しく見ました。

 ここまで繰り返してくることで、谷川流さんの作風にすごく近づく感じというか、「あ。すっごく谷川さんっぽい」と思ったりしました。
 あぁ、これが「ハルヒ」だなぁって。

 
 さて。今回もループを脱することができなかったことで、OP、EDの印象が非常に明確になる感じがありました。
 特に、OPに関して。

 OP。
 全力疾走するハルヒ達の前に、通行止めの標識や赤信号などが出てきて行方を阻みます。
 ハルヒがそれらを塗り替え、さらに前進、さらに疾走を続ける姿が描かれるわけですが。
 最初それを見た時、「うおっ!ど直球だな!!」と思って、ちょっと面食らったところがありました。
 でも、今回まで「エンドレスエイト」を見ていて、その直球の感じは、最初に受けた印象とは少し違うものなんだな、と思ったわけです。

 絵としては。
 SOS団の前や周囲に標識や赤信号が現れて彼らを取り囲んでいる。

 しかし、それらは彼らの「外側」にあるのではなく、本当は、彼らの「内側」にある。
 つまり、「心」の部分ですね。

 前に進むことを阻むもの。
 全力疾走を遮るもの。

 それらは自分達の外側にあって、誰かが妨害しているのではなく、本当は、自分で勝手に理由をつけて、自分で制限してしまっている。
 自分を動かすのは自分で、気持ち、心の部分こそが原動力になる。
 前に進むのも、全力で走るのも、まずは意思あってこそなわけだけど、弱気になる気持ちもあって、「こんなことしてどうなるんだ?」と思ったり、「全力で走っても疲れるし、得るものなんて何も無いかもしれない」と思ったり。
 体よりもまず先に気持ちが根を上げる。

 ハルヒは、「常識」や「普通」ということに抗って、変わったこと、面白いことをしようとするわけだけど、それは彼女の周囲が常識や普通を押し付けることに反抗しているのではなく、自分自身が感じる、「常識」や「普通」がとても強力で、自分で自分をものすごく縛っていると感じるからなのでしょうね。

 前に進むのは自分。

 自分を妨害するのも自分。

 だから。
 OPと共に、「エンドレスエイト」で、何度も何度も8月31日より先に進めない彼女達の姿を見ていると、「あぁ。標識や赤信号を自分で出してしまっているんだ」と感じることができます。

 そう見てみると、OPでの彼らの姿に見えてくるものは、「常識なんてぶっ飛ばして全力で走るぜ!イエーッ!」っていうような単純な直球ではなく、「自分の中にあるつまんねぇ常識、弱い気持ちと、戦って勝つぜ!」っていうような、そっちの方の直球なんだな、と感じます。

 ハルヒは、実際自分が何をしたいのか、何をしたら満足できるのか、きっと分かっていないのでしょうし、そもそも満足できていないことを自覚できていないでしょう。
 分からないまま、自覚できないまま、8月31日を迎え、そして、9月1日に進むことができない。
 それは、彼女自身が、無意識に強力な赤信号を出してしまっているからに他ならない。

 その姿を見せられてくることで、OPの意味合いもより明確になってくるし、このシリーズのテーマ、こちらが感じ取って身にしていく部分も、はっきりしたものになってくるように感じます。

 SOS団の面々それぞれについても言えることで、古泉は「僕では役者が不足しています」と言い、自分にできることを自分で決めてしまっている。みくるは未来が無くなってしまってもなお、「禁則事項」の呪縛から逃れられない。長門は、約600年同じことを繰り返していても、自分の役割からはみ出すことはしない。

 みんな、自分自身の赤信号を持っているんですよね。

 では、キョンは?
 古泉の提案は、おそらくあの時点で事態を動かしうる、最善最高の策でしょう。
 夏休みの終わり。キョンがハルヒに告る。
 これ以上ないくらい、夏休みの物語らしいものになる。

 でも、キョンは「拒否権」を発動する。
 自分で自分にブレーキをかける。
 赤信号を自分で出す。

 ただ、それは仕方ないことにも思えます。
 時系列で見てくる中で、「笹の葉」があって、中学時代のハルヒにキョンが会い、直接影響を与える姿が描かれている。
 僕は、恋愛物語として見た場合、このことは「アンフェア」であって、どこかで必ず「フェア」にならなければならない、そういう事件であり、伏線だと思っています。
 その「アンフェア」が解決していないのに、ハルヒに愛を語ることは、彼にはできないでしょう。
 彼は、いい子だから。
 優しいし、ハルヒを大事にしているから。
 しかし、それがブレーキであり赤信号である事実は変わらない。

 全員が、それぞれ心の中の赤信号に対して、心の中のブレーキを踏んでいるのであれば。
 誰かが、アクセルを踏まなくてはならない。

 OPでハルヒがしている、標識や信号を塗り替えることは、実は、キョンがアクセルを踏むことがあって、できることなのかもしれない。

 
 どんなに遊んでも満足できない。
 でも、愛は語れない。

 
 子供だけど子供じゃない。そんな彼らが先に進むには、何をしなければいけないのか。

 そして、EDでは「君」を「探す」とかなんとか。そんな感じのことが歌われていたように思います。
 OPが青春の歌なら、EDは恋の歌なんだろうな、と漠然と思ったりしています。僕は、音楽を聴く時に歌詞よりも楽器の音を聴いてしまう癖があります。なので、全然ヒヤリングできていないのですが。
 (それにしても、「止まれ」と歌うEDはこうなってくるとますます印象的でございます。)

 赤信号も標識も、それぞれの心の中にあるのなら。
 その信号や標識の前で立ち往生しているハルヒを探して見つけないといけないのかもしれませんね。

 でも、自分だって赤信号の前で立ち往生しているのなら。
 やはり、ハルヒだって、信号の前のキョンを探しているのかもしれない。

 探す。見つける。前に進む。未来。

 あぁ…。こうやって言葉を並べてみると、超青春ですね。
 まぁでも。今は、探しても見つからないし、前に進めないし、未来も途切れてしまっているんだけども。

 未来を途切れさせてしまうのも。つまるところ、「自分」ということなんでしょうね。

 ラスト。
 キョンが投げやりになって目を閉じるところはとても印象的でした。
 人は未来を失うと、希望も活力も、失ってしまうのかもしれない。

 未来が途切れるのは、確かにハルヒの能力によるものだろうけども。
 現象を知り、それを解決に導けるのは自分達しかいない(むしろキョンしかいない)と分かっていながら。しかし、自身の心の中にある赤信号もあって、ただ立ちすくむことしかできない。
 どうしたって未来に進みたいのなら、何かできるはず。
 何か考えられるはず。
 それができないことは、もう誰のせいにもできないことだと感じます。

 「探す」ということでいうと。
 それは、相手のことだけでなく、自分自身のことでもあるのかもしれませんね。
 自分に何ができるのか。
 自分は何がしたいのか。
 自分は未来に進みたいのか。

 
 …と。
 ずいぶん、長く語ってしまいましたが。
 OPの標識や信号が、外側からのものではなく、それぞれの心の中にあるものなんだ、と思うことで、ループを繰り返す「エンドレスエイト」の持つ深刻さ、メッセージ性などについて、感じるところがあったわけでございます。
 それは、とてもシンプルなもので。
 
 前に進むのも、そこで立ち止まるのも。
 結局は「自分」だ。

 ということですね。

 それを、高校一年生の姿で見せてくるというのは、とてもシリアスだと思わされます。
 OP、ED含めて繰り返される「エンドレスエイト」。
 次回も見ていくことで、何を感じるのか。
 とても楽しみです!

 
 それにしても。
 今回のハルヒもまた、とても可愛かった。
 今回はワンピース中心でしたね。俺、女の子のワンピって、基本「デート服」って印象があるんだけど。
 その印象って、偏ってるのかなぁ。
 ループしながら、ハルヒが何度も服を買い直してたりしたら可愛いよね。
 カラオケで雰囲気出して歌ってるとこも、ちょっとセクシーアピールで、もう年頃ねぇ。
 でも、オーバーオールも着てみたり。年頃と子供っぽさの同居も感じてみたり。今回はおっぱい押し付けなかったしねー。

 ふと思ったんだけど。
 プールでキョンがビキニパンツとか穿いたら、9月に行けんじゃね。
 やっぱキョンの方にセクシーアピールが足んねぇんだよ。
 ハルヒはあんなにいろいろ服替えてアピールしてんのに。

 まぁ、セクシーアピールもまた、心の赤信号を前にしてできないことでもあるのでございましょー。

 しかし。毎回服が違って、可愛い姿を見せていたり、おっぱいを背中に押し付けてみたり、水着姿で一緒に遊んだり、いろいろしてるんだけど。
 それは、すごく近いんだけど。でも、まだ、二人の距離は遠いんだね。
 「エンドレスエイト」での繰り返されるループを見ていると、ハルヒとキョンの、「近い」けど「遠い」距離感を感じられて、もどかしくもあるけど、甘酸っぱくって、心地よくもあります。
 可愛い。
 二人とも、可愛い。

 とはいえ。近くて遠くても、その距離感でも前に進まないとね!
 っていうか、その距離感でチューはもうしてるってどういうことだっつの!!
 こいつらはあれか。告るより前にエッチして、終わってから「実は俺…お前のこと…」「え…知らなかった…」なんて会話するってやつか。
 それはそれでおもれーけども。

 エッチはともかく。
 その距離感で、どう前に進むのか。
 可愛くもシリアスな彼らの姿を見れることが楽しくて仕方ありません。

 といったところで、今回の感想を終わります。
 ではでは、またです!

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コメント

お久しぶりです!
いつも感想を読ませていただいているのですが、今回
だんちさんの14話の感想というか、考察を読んで感銘を
受けたので、コメントさせていただきます!

だんちさんのおっしゃる「みんなの心の中の赤信号」という言葉を聞いて、なるほど!と思いました。14話は自分のなかでもいろいろと考えてみたのですが、これが一番しっくり来ました。
SOS団の関係というか、そでぞでの団員が大きく変わったのは冬、というか「消失」以降だと思うのですが
今回、エンドレスエイトを抜け出せないのは各々の個心の中にある赤信号が阻んでいるんじゃないの?というのを見てものすごくなるほど!と思いました。
私は個人的にハルヒの物語は「モラトリアム」の物語だと思っています。大人と子供の間の猶予期間。それは高校生活でもあるし、SOS団としての(ハルヒの巻き起こす不思議現象も含めての)活動でもあります。
そしてこの終わらない夏休み・エンドレスエイトはある意味でモラトリアムそのものではないかと思います。
キョンも語っているように、大人になってもずっとSOS団として5人一緒に遊び続けることは不可能です。夏休みに終わりが来るように、いつかモラトリアムも終わります。それは単に高校生活の終わりというだけではなく、各々が自分の殻から外へと一歩踏み出すということです。
そういう意味で、原作でキョンたちは一度しかない高1の夏休み・終わらない夏休みを終わらせて9月1日を迎えます。そして、秋冬と季節を経て消失後、自分にできることを自分で決めてしまっていた古泉は、その殻から一歩外に出て「機関を裏切ってでも一度だけ味方する」「いつか対等な友人になれたら」と口にします。みくるは「禁則事項」にとらわれながらも「もっともっと勉強して、いつか「禁則事項」も外れるように頑張る」といい、実際未来の彼女はその目標をかなえています。そして長門は観測という自分の役割と、そこから発生したエラーに悩みながらも自分の未来は自分で決めるのだ、と能力を制御します。そしてキョンは消失において、ハルヒと一緒に巻き起こされる騒々しい世界が楽しいのだ!
と自分の意思で選びます。もちろん2人の恋愛的な意味での道のりはまだまだですが、大きな一歩には変わりありません。ハルヒも何をすればいいのか分からないかのように、夏休みに次々とイベントを繰り出していましたが、冬以降はSOS団の5人でやることなら何をやっても特別だし、面白いのだ!と考えるようになってきています。
そういう意味では、このエンドレスエイトは消失で起きた事件の遠因というだけではなく、その後のSOS団の5人における大きな転機てあったのではと思います。
OPの歌詞もだんちさんのおっしゃるように、自分たちの足で走る、自分達の力で自分の心の中の壁を乗り越えているSOS団をあらわしてるというのは、その通りだと思います。
アニメのエンドレスエイトは、今のところは脱出失敗シークエンスを繰り返していますが、それでもいいのです。最終的に自分の力で乗り越えることが出来たら、何度失敗してもいい、それこそがモラトリアム・猶予期間なんだと思います。
長々と語ってすみませんでした。

投稿: えそら | 2009年7月 7日 (火) 01:24

えそらさん、こんばんは。お久しぶりです!記事を読んで下さってコメントをありがとうございます^^
今回書いたことが「しっくり来た」「なるほど!と思った」とのこと、とても嬉しいです!

「モラトリアム」ということは、大人になって社会に出ていく前提があることでしょうから、進級したりしつつ高校生活を過ごしている彼らの生身感のある物語は、仰る通りでそういった意味合いで捉えることができるのでしょうね。

夏休みが終わり、新学期へ進むことも、成長を促されることですから、エンドレスエイトそのものがモラトリアムということも、なるほど!と思えます。

原作を読んでいると、当然先のことが分かっているわけですし、そもそもアニメ一期で先の部分も時系列を崩して放送していることで、モラトリアム中モラトリアムが終わることは明らかであるわけですが。
先のことはひとまず置いておいて。
「モラトリアムを抜け出せない」というシチュエーションで「未来を失う」「苦しむ」「希望を失う」という現象に直面する彼らのドラマは、やはり感じるところがありますね。
そういう意味では、「モラトリアムがモラトリアムでなくなってしまうことの苦しみ」というものを、「エンドレスエイト」では感じることができるのかもしれませんね。

>アニメのエンドレスエイトは、今のところは脱出失敗シークエンスを繰り返していますが、それでもいいのです。最終的に自分の力で乗り越えることが出来たら、何度失敗してもいい、それこそがモラトリアム・猶予期間なんだと思います。

あぁ…。「何度失敗してもいい」っていうのは、とてもいいですね。
最終的に乗り越える。そのことによって、モラトリアムが意味を持つのでしょうね。何度未来を失っても、何度希望を失っても、何度失敗しても。それでも脱出を試みる。
そのドラマを見ていくことは、とても意味のあることに思えます。

来週も楽しみですね!
こうやって語り合うのもとても楽しいので、長文コメント歓迎でございます^^
良かったら、お時間のある時にでもまた書き込んで下さいね!

ではでは、またです^^

投稿: だんち | 2009年7月 8日 (水) 18:39

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