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2009年8月11日 (火)

「涼宮ハルヒの憂鬱・改」第19話を見た。

 こんばんは、だんちです。先週金曜日深夜、MXTVとTVKと連続で「涼宮ハルヒの憂鬱・改」第19話を見ましたので、感想を書きたいと思います。

*放送内容のネタバレ、場合によって原作ネタバレを含みますので、未放送地域の方、原作未読の方はお気をつけ下さい。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「エンドレスエイト」

 
 
 
 
 
 8回目。

 ということになるんですよね?

 
 
 性格的に、データのこととか気にしないのであれなんですけど。きっと8回目。

 
 
 
 「エンドレスエイト」も、ついに終わりを迎えました。

 や!なんですか今回のハルヒの可愛さは!!!!!!!!!!!
 浴衣姿とかちょー可愛かった!!!!
 ラストとか、もー、たっまんねぇ!!!!!!!!!!

 はぅあぁ…。

 幸せです。

 感想としては、何点かあって。
 それを、思いつくままに、書き綴ってみますね。

 
 「パンドラの箱」たる虫取りかごを開け放ち。
 最後の一匹が、網に引っかかっていたのを見て。「あぁ。今回、脱出できるんだな」と思いました。
 あれは、パンドラの箱から最後に出てきた「希望」を象徴していたということなのでしょう。

 どれだけ、絶望的な状況であっても。ループをどれだけ繰り返しても、希望はある。

 僕は、今回のアニメ版「エンドレスエイト」は、原作と違った見せ方をしながら、原作の雰囲気、谷川流氏のちょっと素直じゃない作風に近づくように表現されたものだと感じています。
 谷川さんは、僕にとっては同年代の作家さんなので、くぐってきたもの、見てきたものの近さを感じます。なので、原作を読んでいて非常にシンパシーを感じるところがあるんですね。
 世代的には、「80年代青春組」とでもいいましょうか。
 バブル絶頂と崩壊を、10代から20代にかけて経験してきている世代。

 基本的に、能天気なところがあるけど、同時に、疑いと絶望感を持っている。
 損得教育を受けてきているから、善悪に対するモラルは低い。しかし、そのモラルの低さに苛立ちと怒りも持っている。

 だからこそ。

 「希望」を持ったりするんだろうな。と感じたりします。

 希望とか理想。

 悲観主義と楽観主義の同居。

 前回書いた感想で、戯曲「ゴドーを待ちながら」を引き合いに出しましたが、これは、時期的には第二次世界大戦中に書かれて、戦後に初演があったようです。
 そこに描かれる、ある種の「絶望感」は、その後の多くの作家に影響を与えていると感じます。

 「ゴドーを待ちながら」で描かれた絶望感。繰り返される永遠性は、今なお続いている。

 でも。「ゴドーを待ちながら」は、もう描かれてしまった。
 時代が進んでいく中で、次の世代、その次の世代の作家は、「ゴドー」の先を描くことを望むし、挑む。
 そこに、意識としての連続性が無かったとしても、モノを書く(描く)人間は、人種としてある意味「血」が繋がっているようなところがあって、その意味では、「独立した物語」は存在しないとさえ、言えるのかもしれない。

 と。
 言うのは、僕の視点であるわけですが。

 ともかく、80年代青春組は、絶望感の永遠性、つまりはループの中に、希望を見出す能天気さがあるように感じるんです。

 そういった作家としての特性を、谷川さんに感じますし、そういった部分を描いたアニメ「エンドレスエイト」だったように、僕は思っています。
 そこにあるメッセージ性は、にじみ出るリアリスティックな視点と共に、とても高揚させられるもので、とても興味深い面白い物語でした。

 
 以前書いたように、ハルヒが夏休みの過ごし方を「こうする」と決め、それを「正しい」と規定したことが、「間違い」だ、と僕は思っています。
 それによって、前に進むことができず、ループという絶望を全員が経験することになる。

 「これが正しい」という楽しみ方にも、楽しさはあるでしょう。
 でも満足できない。
 じゃあ、そこを脱出しよう。
 と思ったところで、脱出した先にあるのは、9月1日から続く日常だったりする。

 キョンが皆で宿題をすることを提案して、先へと進めたわけですが。「皆で宿題をする」ことが、ただ「正解」だったのではなく、考え、それまでのことを注意深く思い出し、「発見した」ことこそが、重要だったのだと感じます。

 それは、ハルヒが規定した「正しい夏休み」からは外れること。
 だけど、そこにも「楽しさ」がある。

 「楽しさ」は「発見できる」。

 そういうものだと、改めて感じます。

 そう感じ取ることができたのは、偶然かもしれません。
 でも、僕は「エンドレスエイト」と「ゴドーを待ちながら」とのつながり(ある意味で連続性)を「発見」し、原作者氏との同世代感を再「発見」し、一連の「エンドレスエイト」放送を、とても楽しく見ることができました。
 そのこと自体が、視聴体験なので、僕にとってこのことは必然なのだと感じられます。 

 
 「発見」というテーマで続けていくと。

 僕は、この「エンドレスエイト」8回放送は、作り手としてはとてもハードルの高いチャレンジだと、見ながら感じていました。
 「ゴドーを待ちながら」を引き合いに出したように、繰り返しをすることのテーマ的な裏づけだったり、意味性を語ることは、できるわけですが。
 でも、それが実際面白いものとして見れるかどうかは、話が別なわけです。

 僕は、「エンドレスエイト」の5回目まで、非常に楽しんで見ていました。
 ところが、6回、7回、とフィルムのテンションが下がったような印象があって、ちょっとがっかりしたんですね。

 繰り返していくことで、不気味さや深刻さ、根底にある絶望感とそこを抜けていくある種の楽観的な希望を描くのであれば、繰り返しは回を追うごとにテンションを上げていって、「このフィルム狂ってる!」と一目で分かるくらいのものにしなければ、伝わらないんじゃないのか。

 そう感じていたから、6回、7回が、正直僕には伝わってくるものでなかったことが残念でした。

 でも、機会があって、改めて7回目を見直してみたんですね。
 そうしたら。テンポ感やまとまりの非常に良い仕上がりだったことに気がついたんです。

 フィルムのテンションが下がっていたんじゃない。
 こっちの要求が上がっていたんだ。

 そのことに気がつきました。

 つまり、自分の中で「フィルムのテンションが上がっていかないと、面白いものにならない」という「正解」を規定していたから、6回目、7回目のフィルムの面白さに気づくことができなかった。
 勿論、それは「繰り返し」というハードルの中で出てきたことで、自然な気持ちだったのでしょう。
 そのこともまた、「発見」できるわけです。
 「ゴドーを待ちながら」的な繰り返しをフィルムに見ていたのならば、別にテンションの上下なんて関係ないことなのに、要求は勝手に上がっていって、勝手にがっかりしてしまう。
 その自分の心理欲求に「おぉ。面白いな」と感じてみたりするわけです。

 とはいえ。
 今回の8回目が様々な部分でテンションを上げて描かれていたことで、やはり、6回目、7回目のフィルムから伝わってくる「気分」の部分に、「作る側も不安があって乗り切れなかったのかな」ということも、どうしても思ってしまいます。

 なので、一視聴者として楽しみつつも、作り手視点を含んでいくところで、「挑んだことは立派だけど。少し、自分に負けたろ?」という言葉も浮かぶのです。

 「全力疾走できたのか?」「ちょっとハンパなところがあったんじゃないのか?」
 と。思っちゃうんですね。
 でもそれは、今回の試みがあったからこそ出てくる、シンパシーを根底に持つところでの「発見」なのだと感じます。
 「繰り返し」なんてことに挑まなければ、ただ普通に見て、ただ普通に終わるだけだったことでしょう。

 そこに、「挑む」何かを発見して、挑む。
 それにより、発見できることがある。

 様々な意味で面白く、多くの刺激を受ける「エンドレスエイト」でございました。

 一昔前の人たちにとって、「ゴドーを待ちながら」が体験であったように。
 僕にとって、「エンドレスエイト」は体験となりました。
 リアルタイムにこの体験ができたことを、幸せに感じます。

 
 物語の中の彼らは、9月1日を迎え、制服を着て、いつものように部室で過ごす日々を送ることになります。
 「繰り返し」は、終わらない。
 でも「希望」も、なくならない。

 彼らの物語の続きが、楽しみです!

 
 
 ところで。
 ハルヒがキョン宅に上がったのって、今回が初めてですよね?
 子供の頃ならいざ知らず、高校一年くらいで異性の家に上がったり異性を上げたりって、なんというかこう…甘酸っぱいものがありますよね!!
 あぁもう…いろいろ思い出す。
 まぁ、俺の思い出はともかく。

 ハルヒがキョンの家に「あたしも行くからねっ!」と言うところがもう、ホント可愛くて!!!!

 まだまだ二人はセックスするような距離感じゃないだろうけど。
 でも、なんというか。
 前進だよね。
 子供じゃないけど、まだまだ子供な二人にとって、大きな前進。

 ハルヒにとって、とても大きな思い出となったことでしょうね。
 だって!!
 高校一年の夏休みに男子の家に行くんだぜ!!!!

 しかし、キョンもさぁ。
 ハルヒの発言どころか、彼女が着ていた浴衣の柄まで克明に思い出せるんなら、ハルヒも誘えっての。
 満足していないハルヒを思うことから出てきた提案なのに。
 みくるや長門には「家で宿題やろう」と誘えるくせに。ハルヒに「家に来い」って言えないのね。最初っから、ハルヒ込みのアイデアのくせに。
 意識しやがって!!
 二人ともムッツリだわ。たまらん。
 まぁ、だからこそ、「皆で宿題をする」という名目が、二人にとって、とても有効だったのでしょう。

 高校一年の自分達が、異性を家に上げたり、異性の家に上がったり。

 それを、そもそも望んでいたわけではないんだろうけど、でも、それをすることで先に進めた。

 やはり、そこに「発見」があったということなのでしょう。
 ハルヒは、キョンの部屋で何を発見したのか。
 …エロ本とかでなく。
 自分の気持ちの中に、何を発見したのか。
 キョンは、ハルヒを部屋に上げて何を発見したのか。
 高校一年の彼らの胸中を思うと、なんとも甘酸っぱくってたまりません。

 そういえば。
 デジャヴも発見だったんですよね。

 男女の関係も、「こうでなければ」なんて決めることなく、自分達ならではの関係を発見していけるといいのでしょうね。
 ハルヒとキョンが、これから、どんな関係を発見していくのか。
 そんな二人の様子を見ながら、何を発見していけるのか。

 やはり、これからも、楽しみなのでございます。

 といったところで、「涼宮ハルヒの憂鬱・改」第19話の感想を終わります。

 ではでは、またです!

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コメント

初めまして。ケンタと申します。
エンドレスエイト長かったですね。
でも、可愛いハルヒ見えたし良かったです。
最後のセミを刺した演出は何だったんでしょうね?

投稿: ケンタ | 2009年8月12日 (水) 13:32

個人的には同じ話を8回やることになった声優さん達のことが気になってましたw
特にキョンと古泉はループに微妙に気づいていたせいなのか何なのか微妙にトーンや言い回しが変化してましたよね
あれは遊び心だったのかちゃんとした意味があったのか、それとも単に心労で壊れかけていたのかw

来週から別の話が始まるんですね
めっちゃ楽しみです

投稿: | 2009年8月12日 (水) 18:16

お初です
考察凄いっすね…
僕も考察大好きです。シビれる…このサイトシビれる

投稿: 5 | 2009年8月16日 (日) 02:59

>ケンタさん、こんばんは。初めまして。感想読んで下さってコメントをありがとうございます^^
エンドレスエイト、長かったですけど、いろんな意味で面白かったし、興味深いものがありました。
ラストのハルヒは、ホントにもうむちゃくちゃ可愛かったですね^^
最後のセミは、パンドラの箱の「希望」を指してるのではないでしょうか?

ではでは、またです!

 
>2009年8月12日 (水) 18:16にコメントを下さった方、こんばんは。初めまして。感想を読んで下さってコメントをありがとうございます^^

声優さんもかなり大変だったでしょうね。でも、演じる人にとっては、とてもやりがいのあるチャレンジだったのではないかと感じます。
キョンや古泉の台詞回しは、アドリブ多目だったのでしょうけど、ちゃんと意味づけしてプランを練ったのではないでしょうか。見直してみると、いろいろ発見できるかもしれませんね^^

今後の展開も楽しみですね!!

ではでは、またです!

 
>5さん、こんばんは。初めまして。感想を読んで下さってコメントをありがとうございます^^
凄いと仰っていただき、シビれていただけて嬉しいです!機会があったら「ゴドーを待ちながら」そのものか、「ゴドー」を下敷きにした物語など、触れてみて下さい。
発見があるかもしれませんよ!

作品を見て、いろいろ考えるのは楽しいですよね^^

ではでは、またです!

投稿: だんち | 2009年8月21日 (金) 23:49

youtubeの配信が一日で消えてしまうことに気づいていなくて、エンドレスエイト8話"だけ"を見逃してしまいました。ただ、1~7話までで疲れていたし、原作を読んでるし、いいかな、とすぐに諦めもついたんですが、だんちさんの感想を読んで、観たくなってしまいました!(笑)


アニメ版脱出シークエンスを見てない私が色々言うのもなんですけど、このエピソード、実にハルヒとキョンらしい、もっと言うとSOS団らしくて大好きです。宿題っていうお題目を掲げて、SOS団全員いっしょ、という状況をつくって、「イカガワシイコト」の起りようがないことを明らかにしないと、彼の部屋に行く気にならないハルヒ、彼女を部屋に入れる気にならないキョン。という風に脳内で再解釈してしまいます。

1万何千回とループしたのに、一回彼の部屋に上がっただけで満足する変に素直なハルヒ。1万何千回ループするまで彼女を部屋に呼ぶことを考え付きもしない変に紳士なキョン。彼らのむっつりさ、遠回りさ、素直じゃない具合がもろに表面化した話で、凄く面白いし、遠巻きに見てる分にはニヤニヤできると思うんですよ。実際に付き合わされる長門さんからしたら、たまったもんじゃないでしょうけど…

部屋に上がったハルヒがもっぱら妹ちゃんと遊んでるだけ、ってのもなんか面白いです。彼の部屋にあがりこんだってのに、まずやることが家族の籠絡とは…どんだけ遠回りなんだお前、と思います。そういえば他のエピソードでもハルヒは妹ちゃんとやたら仲がいいんですよね。結婚したら夫婦喧嘩繰り返しながら子供は猫可愛がる姿が目に浮かぶようだ。話がそれますが。


あと、原作を読み返してみて、SOS団の他の団員が、二人の回りくどさを助長させてるのかな、と思いました。全てが終わった後の古泉の解説がズレてると思うのですよ。意図的なのか素直にそう思っているのか知りませんが。「宿題をみんなでやる」って体験にハルヒが満足した、って解説はある面で正しいけど、それだけじゃないはずで、古泉君はそれを分かってて言わないのかなーと考えると、それもまたSOS団らしさなのでしょうか。
長門にしても古泉にしても、散々な目に巻き込まれながら、「お前らいちゃつきたいんだったら二人でしろよ」とか「とっとと付き合ってくださいよ、その方が世界が平和になるんだから」とは、言いませんよね。エンドレスエイトの「背後から突然抱きしめて、耳元で~」のくだりは、古泉としては珍しく、露骨な煽りだと思います。それ以上きわどい発言は、アダムとイブくらいでしょうか。
古泉・長門・みくるのSOS団員は、二人が遠回りな恋愛をするのを見守り、時として二人が近づくためのダシにされる役目を平然と果たしながら、強引に二人をくっつけようと画策することはない。もし強引に事を起こそうとしてたらこの夏の出来事も違ってたかもしれないわけで、そんなSOS団員の態度がエンドレスエイトを招いたとしたら、このエピソードは二人らしさだけじゃなく、SOS団らしさが表れてて面白いと思います。


これ以上長くなると話が全然違う方向に流れて行ってしまいそうなのでこの辺で。DVDが出たらこの回だけでも観ておきます。あと、改第8話感想のコメント返しでサイトとかあるんでしょかとお聞きになられましたが、なにもないです!2次創作も自分ではやらずに見る専です(^^;
ではまた

投稿: 匿名B | 2009年8月23日 (日) 15:35

>匿名Bさん、こんにちは。感想を読んで下さってコメントをありがとうございます^^

≫youtubeの配信が一日で消えてしまうことに気づいていなくて、

以前は一週間残ってましたよね?僕もコメントを見てから確認したのですが、確かに消えてました。何かあったんですかね。

≫だんちさんの感想を読んで、観たくなってしまいました!(笑)

わーい!そう仰っていただけて嬉しいです^^
僕も「エンドレスエイト」のラスト、大好きです。いろいろ考えるし、自分が高校生の頃をものすごく思い出します。
「彼の部屋に行く」「彼女を部屋に入れる」っていう部分、原作ではずいぶんさらりと書かれているけど、ものすっごくたまんないものがありますよね!!!!

≫1万何千回とループしたのに、一回彼の部屋に上がっただけで満足する変に素直なハルヒ。
≫1万何千回ループするまで彼女を部屋に呼ぶことを考え付きもしない変に紳士なキョン。

あははは!!ほんっとに可愛いですよね^^
確かに実際付き合わされる長門は大変だけど。その「大変」の部分が、ある意味面白いところですよね。本来彼女ら、「情報統合思念体」関係の連中は時間や空間的なもの、人間的な部分を超越していて、何万年観察していても疲れたりするような存在じゃないはずなんですよね。
だけど、「疲れる」。
繰り返しによってエラーが蓄積したという視点もあると思いますが、繰り返しによってエラーが表面化した、なんて見方もできるかもしれませんね。

≫彼の部屋にあがりこんだってのに、まずやることが家族の籠絡とは…どんだけ遠回りなんだお前、と思います。

可愛いですよね^^
妹ちゃんも、それまで宿題やったりしててちょっと退屈そうにしてたし、いっぱい人が来て興奮したんでしょうね。
原作でのお母さんがやたらと顔を出すっていうところもものすごく好きです^^
この日のことがあった上で「分裂」で佐々木登場ですから、そりゃハルヒも胸中穏やかではないことでしょう。と、こちらも話がそれてみたり。

≫全てが終わった後の古泉の解説がズレてると思うのですよ。

そうなんですよね。仰る通り一面正しいとは思うのですが、やっぱり「それだけじゃない」ですよね。
古泉からしたら、みんなで宿題をしたことでループを抜け出せたことが、けっこう意外だったのかもしれませんね。「あ。これだったんだ?」みたいな。
そこに自分もいたことが、けっこう嬉しかったのかもしれないし。いろいろ想像できて楽しいっすね^^

≫そんなSOS団員の態度がエンドレスエイトを招いたとしたら、このエピソードは二人らしさだけじゃなく、SOS団らしさが表れてて面白いと思います。

当事者なのに、ある意味他人のフリをしようとするというか。そういうところがある三人だけど、このエピソードを経て、いよいよ当事者なんだ、と自覚せざるをえない感じかもしれないですね。
その意味では、「憂鬱」の閉鎖空間脱出とは、違った状況が見えてくるようで、やはり仰る通りでSOS団らしさが見えてくるお話に思えます^^

DVDが出たら、是非見てみて下さい!
ほんっとにハルヒがちょー可愛いっすから!!!!
二次創作はされてないんですね。じゃあ、もし、何か作ったら、その時は教えて下さいね!^^

ではでは、またです!

投稿: だんち | 2009年8月28日 (金) 17:30

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 さて。今回は八行で参りましょう。時間もないし、最近結構キツいですから。  エ [続きを読む]

受信: 2009年8月13日 (木) 20:07

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